お客様が書き留める建築日記-その7-【全10話】

この文章は、土地選びから竣工まで、建築当時のお施主様のさまざまな率直な想いを書き留めて下さっていた「建築日記」です。今回は、「優しい素材との調和」のご夫妻の文章(2012年5月〜2012年9月)をご紹介します。

目次

01|二世帯住宅のこと

「二世帯住宅」
どんなおうちを建てたら良いのか悩みます。
家族それぞれの生活のスタイルを考えながら、気持ちよく仲良く暮らせるおうちにしたいと思いながら、グッディーホームズさんにお世話になることにしました。

間取りを考えること、どんな雰囲気のおうちにしたいのか、そこでどんな風に暮らしたいのか、考えることは山ほどあって、こんなに大変なことになるとは思ってもいませんでした。
主人の実家を建て替えるという計画だったので、おうちの片付けに始まり、解体、そして最悪なことに、地盤改良、もうここまでで何だか疲れてしまった感じかありますが、基礎工事が始まってからは早い早い!気がつけば屋根まで出来ちゃったではありませんか!

今は素敵なおうちになることを楽しみにしています。
グッディーホームズのスタッフの皆さま、お世話になりますがよろしくお願いします。

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02|解体工事はやはりせつない…

時々書かせてもらいます、夫です。よろしくお願いします!

さて、全くの新築をお考えの方には関係ありませんが、立て替えとなると必ず経験するのは解体工事でしょうか。
私の実家はこんな感じでした。

築30年以上でしたが、マメにメンテナンスしていたためでしょうか、
見た目はまぁまぁきれいでした。
でも、解体して分かりましたが、3.11の地震で基礎がゆがんでいたり、壁の中はカビや腐食が見られました。
最初にグッディさんにお願いしたお仕事はこの家の解体でした。
かわいい重機が入ったなと思ったら、あれよあれよと懐かしの実家が壊れていくではありませんか。

新しい家のためとわかってはいますが、なんだか切ない瞬間でした。
大きなトラブルもなく、順調に滑り出した我が家の建築計画の第一歩でした。

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03|なかなか決められない

こんにちは、家造りってほんとうに楽しいですね。
グッディーさんの求人情報を最近リアルに見てる夫です。

でも家一軒建てるのに、こんなにたいへんとは、夢にも思いませんでした。
初めは、実家と自宅を売却して、建て売りでも探そうかとも思いましたが、
それだったら立て直した方が早いなと思ったのが去年の秋です。甘かった。

優柔不断な我が家は、それから何ヶ月か間取りや外観の検討で、毎日方眼紙とのにらめっこでした。
近藤さんにもいろいろプランをいただき、感謝しています。

土地にはいろいろ制約がありまして、準防火地域とか北傾斜とか…
なかなか思ったようにはいかないところがあります。デザインを重視すると間取りがいまいち、間取りを取ると
デザインが…

結局我が家は2世帯ということもあり、間取りを、どちらかと言えば重視しました。
それでもグッディーさんらしいデザインを提案していただき、満足なプランに落ち着いたわけです。
プランさえ決まれば後はほんと早かった。

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04|グッディーなワンちゃんたち

グッディーさんの新しい事務所にはカッコいいドッグランがあります。
以前から聞いてましたが、この間、初めてこの子たちに会いました。あれっ、写真は同じ子かな?

誰にでもなつくお調子者です。
新しい家のお向かいにも、裏にも、お隣さんにもワンちゃんがいます。
それも楽しみの一つとなっています。

今の家のフローリングはいわゆる普通のフローリング材で、イヌにとっては滑って転ぶ恐い場所になってます。

今回グッディーさんでお願いしたのは、パイン材の無垢フロアです。
柔らかく、傷付きやすい反面、とても暖かくやさしい床材です。こんなイメージですかね?

事務所の二階に行かれますと、体感できます。イヌにもやさしいのではと今から期待してます。

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05|地盤改良

30年以上家が建っていたので地盤に問題があると、ふつう素人は考えません。
でも3.11以来、ポーチと基礎の間に変な隙間があったり、階段と擁壁の間に隙間があったり、おやっ?と思わせる要素は確かにありました…
それでも、地盤改良はいらないだろーって、安易に考えておりました。
しかーし、その報告は容赦なくやって参りました。
「軟弱地盤ですね。鋼管杭工事が必要です。」
ガーン!! 外構にまわそうと思っていたお金が…
しかも、一番大変そうな鋼管杭ですか…とほほ。

このような杭が全部で43本、基礎が載る場所に差し込まれていきます。

一本一本重機で、骨の折れる作業です。
終わってから、現場に見に行ってみましたが…

穴があるだけで、杭の姿はありませんでした。何となく拍子ヌケ?つくしんぼうみたいの期待してたんですが。
基礎工事の際に頭が少し見えたところです。

我が家は立て替えだったので土地を選べませんでしたが、土地選びでは地盤の善し悪しもほんとうに重要ですね。

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06|基礎工事

さて、地盤改良が終わりますと、すぐに基礎工事が始まりました。
こんな土地だったところが、

次の日には、こんな感じになりました。

地中梁が付いた、べた基礎がグッディーさんの標準です。
溝のように掘ってあるところがちょうど梁になり、この時点ですでに部屋の形になっています。
初めて、新しい家の形が現れる瞬間です。埋め込んだ杭も、時季外れのツクシみたいに頭を出しました。
今までは、壊したり、埋めたりだけだったので、グーッとテンションが上がります!
次は、採石を敷いて、防湿シートを敷いて、捨てコンです。

採石は家の重さを分散してくれます。線路の下にも石ころが敷かれてますよね。
コンクリートは湿度を吸っちゃうので、シートで一面を覆います。
鉄筋を組みやすいように、またシートを破らないように捨てコンと呼ばれる仮というのでしょうか、コンクリートが敷かれます。
次は、鉄筋工事です。

一本一本やはり細いワイヤーで結束していきます。家造りは根気が必要です。
鉄筋が一通り終わると、型枠を組んで、いよいよ生コンを流し込みます。
するとこんな感じに仕上がります。

さらに立ち上がります。

最終的にはこんな形に

ここがいわゆる床下になります。様々な配管を通しておきます。

そしていよいよこの上に木造部分が建っていくわけです。
続きはまた次回。

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07|フレーミング工事

奥様が書き留める建築日記ですが、なぜだか書き続けてる夫です。
今回は基礎工事が終わってからのお話しです。

床下の配管が一通り終わりますと、基礎の上にパッキングが敷かれまして、その上にいよいよ木部の土台となる部分が組まれていきます。

パッキングはゴム?樹脂?で出来ていて、木材をコンクリートから絶縁することによって腐食しにくくします。隙間が基礎と木材の間に出来ますので、床下に風が通り抜けます。
ちょうど床下を撮った写真ですが、遠くに明かりが見えているのが分かると思います。

床下の点検口に手を入れると、風が通り抜けているのが分かります。
床下には断熱材、85ミリのカネライトをびっしり敷き詰め、その上に床板を張り、この後壁を立ち上げていきます。

最近のビルや高層マンションでもおなじみですが、パネル工法などと呼ばれる建て方あります。別の場所で、建物のパーツを作り、現場で組み立てて行くという物です。
品質が管理しやすく、効率や安全を考えると確かに合理的です。ただし、パーツを効率よく
組み上げていくのにはクレーンを用意しなければなりません。
幸い我が家の場合、家の前にクレーンが入ることが出来ましたので、この方法によってフレーミング工事が進められました。以下グッディーさんの写真をいくつかお借りします。

これは早い早い! 4,5日でこんな状態になりました。

ほぼ同じ時期に基礎工事を始めたお宅が近所にあるのですが、そちらは普通に大工さんが材木から作っていますので、一気に差が出来てしまいました。この頃の中の様子です。

屋根がないから明るい、明るい!

ベランダができています。

屋根がつきました。

屋根のてっぺんに明かりが見えますよね。あれも意味があるんです。
グッディーさんの家は、外壁の内側に通気スペースが有り、その空気の流れが、軒下や棟へと繋がっています。
つまり、家の周り全体に空気の流れが出来ていて、湿気とかカビに強くなっているんですね。
もちろん雨は入らないようになっています。

ただの木の棒なんですが、組み上げていくとこんなにも美しいものなんですね。
木が大好きな私は、この骨組み丸見え状態が好きです。でもこのままでは寒くて住めないので、グッディーさん最後まで仕上げ、お願いします!

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08|ピッチはや〜い

さて、いただいているスケジュールよりもかなり早いピッチで工事が進みました。
ゴールデンウィークに工事のジャマになるかと思って、草や枝の始末をしようと現場に行ってみますと、なんと作業の音がするではありませんか。
えーっ、現場は休みに入るって言ってたのに。

なんだか歯医者さんみたいな、きゅいーんという甲高い回転音。
覗いてみると電気屋さんたちが電気配線工事をしてくださっていました。お休みなのにありがとうございました。
こんな物を設置したり、電線を通す穴を開けておられました。

興味があったので電気工事士免許の勉強始めました。筆記と実技試験があります。来月6月の初めにとりあえず筆記を受ける予定でおります。理屈が分かっていても、現場の電気屋さんの仕事は複雑でした。しかも判断が早い早い、さすがプロフェッショナルです。試験はせいぜい電球一個とコンセントの回路ぐらいですからね….

スイッチとかコンセントになるボックスの裏に透明なシートのような物が見えます。これはまた後ほど触れますが、我が家は発泡系の断熱材をお願いしたので、その気密性を維持するのに大事なパーツなのです。外壁になる壁の内側のコンセントやスイッチにすべて付けられています。

後で聞いたことですが、この断熱工事のスケジュールに合わせるために、皆様ハイピッチでガンバッテくださっていたんですね。本当にありがとうございます。

さて、この時点で我が家にはまだ窓がありませんでした。雨が入らないように何日かはこんなでした。

でも、ついに入りました!イメージ通りの白いサッシ。

このサッシには本当に苦労しました。
というのは、我が家がある地域は準防火地域でして、いろいろ制約があります。
一定の基準を通った物しか使えません。しかも一昨年発覚した国産樹脂サッシの耐火性能偽装のためにほんとうに限られた物しかありません。
ダブルハングの方が掃除が楽そうなので、本当はそれが良かったんですが防火対応では、シングルハングになりました。まっ、かわいいからいいっか。

3枚目の写真はリビングの出窓です。グッディーさんの事務所に行かれるともっと高さのある、座れる出窓があります。それよりも低いですが、ちゃんとソファーみたいに腰掛けることができます。お気に入りの場所の一つです。

後日行われる上棟打ち合わせと断熱工事に合わせるかのようにして、速いピッチで、遅くまで工事が進められました。

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09|断熱材は何にしよう

久しぶりの更新です、いろいろ忙しくてすみません….
さて、すでに引っ越しを済ませて、一ヶ月以上になりますので、感想も含めてこれから建築をお考えと方の参考になるようなことをUPできればと思います。

今回は断熱材です。断熱材といえば、一番多いのはグラスウールでしょうか。
どんな材料も長所短所があるので、どれが一番いいとは言えないと思いますが、いろいろ考えました結果、我が家ではアイシネンという発泡系の断熱材にしました。
以前の家がごく普通の建売で、グラスウールでしたので、せっかく建築するなら違う物を試してみたいと思いました。

一ヶ月ちょっと住んでみた感想ですが、やっぱりこれにして良かったと思います。
断熱材だけのせいではもちろんありませんが、なんだか前の家よりずっと静かだし、二階のモアッとするような熱のこもりがありません。エアコンの効き?もよくなりました。
遮熱性の高い窓や、エコウォール、立地などいろいろ相乗したのだと思いますが、今年の猛暑でも、扇風機で十分過ごせる時間が多かったです。

どんな工程かを少し。
屋根ですが、屋根一面に通気層が出来るように、まずこの通気くんを敷き詰めます。

ただの段ボールなんですが、これが壁を伝ってくる空気を棟まで通すのに大事な空気の通り道を確保してくれます。
その後、家全体を発泡スチロールで覆うようなイメージで、ひたすらフォームを吹き付けていきます。吹き付けたフォームは一瞬で膨張しはじめ隙間を埋め尽くしていきます。

屋根なんかはこれでもかというぐらい吹き付けてもらいました。ちょっと幻想的?な空間ですよね。

あとは飛び出た余分な部分をカッターでそぎ落とし、石膏ボードを貼れるようにしていきます。

隅々までピターっとしてますよね。グラスウールだとどうしても角とかに隙間が出来ますが、これだと隙間が埋まりますので空気の移動がほとんど防げます。
屋根とかに吹き付けたのが剥がれてこないのか、疑問ですよね。
でも、アイシネンは生涯品質保証をうたっています。よほどの自信があるのでしょう。
あとで保証書もいただきました。そのお言葉、信用したいと思います。

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10|床材と遮音

オールドプロヴァンスプランの床は、厚さ30mmのパイン材です。
無垢のフローリングはよく、暴れるという表現が使われて、反ったり、隙間が空いたりすると言われます。無垢材に慣れていない職人さんが施工するとなおさらそれは顕著に現われるといいますが、我が家ではそんな心配はありませんでした。

たしかに湿度の変化で踏むとキュッとなるような場所が無いわけではありませんが、パイン材の圧倒的な存在感と暖かさを考えれば、まったく後悔はありません。

以前の家は2階の足音や音楽が気になりましたが、今回は2階全面に遮音シートを貼っていただきました。

2階と1階の間にはグラスウールも敷き詰められています。

3cmの床材に遮音シート、加えてグラスウール。住んでみての感想ですが、かなり静かです。
足音が聞こえないわけではありませんが、よっぽど2階でドスンドスンとやらない限り、気になると言うことはありません。
話し声や音楽、テレビの音などは全くと言っていいほど聞こえません。

施工は、板材を一本一本調整しながら敷いていきます。大工さん泣かせの根気のいる作業です。

木目がきれいです。

このまま塗装しない方も少なくありませんが、我が家はこのあとステインでウォールナット色に仕上げていただきました。
水をこぼすと、水分が木材に吸い込まれてしまうイメージですが、塗装された床は、意外に水をはじき、すぐに拭き取れば大丈夫です。

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お客様が書き留める建築日記-その6-【全9話】

この文章は、土地選びから竣工まで、建築当時のお施主様のさまざまな率直な想いを書き留めて下さっていた『建築日記』です。今回は、「自然の音に耳を傾ける家」のご主人さまの文章(2013年1月〜2013年5月)をご紹介します。

目次

第1話「そうだ、家を建てよう!」

ささやかな小さな土地を、ぴったり気の合う伴侶と共に今後の半生を過ごす場所に決めた。
そこに建てるこじんまりとした家を、グッディーホームズさんにお願いすることにした。

思いつきで家を建てるような粗忽者のフォローは、大変くたびれる仕事だろう。
店長の田代さん、建築プロデュースをしてくださる近藤さん、素敵な壁紙や調度品を工夫してくださる堂本さんには面倒ばかりをお願いして、相棒にはしばしば教育的指導をされた。
打合せのたびに、素敵な笑顔でsmall’n cozyに招き入れてくださるブログ担当の齋藤さん。僕らとはジャズ好きという点で繋がっているみたいだ。

凸凹コンビの我々と素晴らしいグッディーホームズの皆さんで、ちょっとずつ進めていったストーリーがそろそろ形になってきた。そんなタイミングで僕らの家作りの顛末諸々、身の程知らずに駄文を書かせて頂くことにした。しばらくでもお付き合いいただけたら幸いです。

ご機嫌なバップサウンドを聴きながら思いつく。そうだ、家を建てよう。
2012年6月20日の今夜は赤坂のジャズクラブで、日本を代表するJazzトランペッターである村田浩氏のバースデー・ライブ。氏は大ベテランでかくしゃくとしたチャンジイ(失礼!)であり、僕は間もなく40代を卒業しようかというところ。奇しくも誕生日が同じなのだ。

ところで、家を建てるということは本来もっと夢があり逡巡もあり、不安に打ち勝つだけの周到さもあるに違いない。世間一般には一大イベントであるはずだが、我々にはそんなプロセスがちっとも見当たらない。
二人して暢気なものだ。とは言え、隣の席で膝を揺らしている僕の相棒からは、これまでもさんざん意見されてきた。
「ねえ、お家を買ったほうがいいよ?」。
気持ちはわかるのだが、どうにもボヘミアンな気質が抜けない僕は、なんだかんだと理屈をつけては仮住まいを決め込んできたのだ。

ところが三浦半島にしばらく暮らしているうちに、その生活にすっかり魅せられている自分があった。
海があり、緑に恵まれ、小高い丘と丘の連携が大地の表情を豊かにして素晴らしい。よく晴れた朝、ミルクのようなガスが斜面をたゆたう様子は魂を解き放ってくれる。そしてとんびが青空を悠々と旋回して、高く長く鳴いている。
小さな赤い自動車で新旧いくつもの隧道を走り抜けると、やがて葉山・逗子の爽やかな海風が頬を撫で、潮の香りが鼻腔を満たし、湘南ビーチFMからは懐かしい80年代のポップスが流れてくる。Eaglesが、Chicagoが、Doobiesが、ユーミンが、達郎が、湧き立つ夏の白い雲のように、青春時代の憧れのような感情を呼び覚ます。
「お前の人生はもう折り返し地点だ」。 ~Take it easy~ ここからが醍醐味だ!

そうだ、小さくてご機嫌! “small’n goody” な家を建てよう。
緑が萌える裏山を借景にして、入道雲にとけこむ真っ白なサイディングの家がいい。
海まで続く一本道があればいい。
いくつかトンネルを抜けてたどり着く市場があればいい。
そんな思いがぼんやりと浮かんでからその夜床に就くまで、頭の中ではJoy Springがずっと鳴っていた。

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第2話「マンションか戸建か、中古か新築か、それが問題だ」

さて、第2話からは、住まいの購入に踏み切ってからグッディーホームズさんにお願いして家が建つまでを順に書き進めようと思います。

横須賀の凸凹コンビの思いつきは、まさにお花畑のお目出度さ。
小さいながらも一国一城。
たどり着くまでには越えるべきハードルがいくつもあるのです。二人はインスピレーションの通りに素敵なお家を手に入れることはできるのか。この後、いったいどうなってしまうのか!?

たとえばしばしば出張の機会があって、行く先々はどこもそれなりに好きになる。
あちこち知らない街を訪れては、お父さんとお母さんが二人だけで切り盛りしている赤提灯、近所の旦那衆の憩いの場にお邪魔して語り合う。なんていうのは、まことに具合がよろしい。実に楽しくも豊かな一時である。

しかしながら「ずっとそこに住め」となるとどうも違う。
フーテンの寅さんがヒーローな僕にとっては、どこもそれなりに良いところではあっても、「帰ってくる”とらや”がなくっちゃ困る」となる。「自分の”とらや”」がなかった僕は、とにかく半生において住まいの購入を一顧だにしてこなかったわけである。突然買おうと思い立ったところで右も左もわからない。

そこで手始めに中古マンションを検討することに。
まあ、二人で暮らしてプラスアルファのワン公一匹くらいなら、70平米~80平米もあればおつりがくるぞと。その辺に建ってる居酒屋を居抜きで買って商売を始めるようなものだろうと、たかを括って不動産屋さんに出向く。
「どんなお住まいをお探しですか?」
「えーと、このあたりで80平米のをひとつ」
「は?」
という体たらく。

これは冗談としても、予備知識ゼロベースで、築年数は10年以内でないと設備がイマイチだとか、いやいや海が近すぎると津波が怖いとか、テラスはこんなとか、坂道は歳になるときついぞとか、大急ぎで条件を固めてググってみる、電話かけてみる。
ところが当初お手頃に思えた中古マンションは、積立て金だの固定資産税(これらは一戸建てでもかかるが)だの駐車場代、管理費とか、願いましてはで積み上げていくと案外高くつく。うーん、これでいいのだろうか。

待てよ?これなら中古の一戸建てを買ってもさして変わらんぞ?
家は古くなって遠い将来お払い箱にしても、子供の世代へ土地が残せるってメリットもある。このところ大きな不安の種になっている大震災で、万が一ぺちゃんこになっても、地面があれば最悪掘っ立て小屋を自力で建てるって方法もある。

じゃ、ちょっと中古の戸建を探してみようかしら。かくして我々は街の不動産業者さんにあたって、実際にあちこちを内覧してまわることに相成った。
ところが中古であるからして仕様は少々古い上に、建売りはお仕着せの部分も否めない。たとえ元が注文住宅であっても、当然他人の都合で設計した間取りや造作である。
いやいやそれだけじゃあない。徹頭徹尾都合どおりにしたならまだしも、だいたいは妥協の産物だと思ってよいだろう。

かくして、どうにも自分達のスタイルには合わないという現実に直面し、何も考えていなかった割に実は案外注文が多いという自分達の我が侭ぶりを自覚することとなる。
そしてマンションの比でなく悩ましいのがリフォームの話。
お手頃価格、なおかつなんとか我々のセンスの許容範囲にある物件を探した結果、新しいものでも築15年くらい。うーん、このあたりの年式はあっという間にリフォームのタイミングが来るし、コストもかさみそうだ。これじゃあ中古マンションと同程度のコストパフォーマンスにはならない!

待てよ?であるなら新築の一戸建てを買っても良いのではないか?
多少コストアップはするだろうが、上がった分のメリットは充分返ってくるんじゃないか。
だってそうじゃありませんか。新築でしっかりとした一戸建てなら、ちょこっとした修繕は免れないにしても大規模なリフォームまで30年か、いやひょっとすると35年かそこらは引っ張れるでしょう?その頃には、我々は墓穴に片足か、場合によっては両足を突っ込んでいるかもしれない。
鬼籍に入るとなれば金輪際お足はかからない。じゃあそのリフォームにかかるであろうお金を最初に突っ込んでしまうと思えば、、、新築一戸建てとあんまり変わらないじゃありませんか。なにかもう、持ち前の「なんとかなる」精神と言うかオプティミズムと言うか、いい加減さがむくむくと首をもたげてくる。これで良いのか、、、良いんです!

ということで、今度は建売りの新築物件を色々紹介して頂いて見てまわることにした。
おー!新しいぞ、木の匂いがするぞ!耐震等級が2だぞ!そして驚いたのは思っていた以上に標準装備している設備一式の質が良いこと。
玄関は案外広くて下駄箱も大きく洒落ている。輸入玄関ドアもなかなかの雰囲気で、気分を盛り上げてくれる。フローリングも今時なシャビーシックの白っぽい塗装で、相棒の目がぴかぴかしている。バスルームに液晶TVやサウナミスト機能は当たり前。システムキッチンは人工大理石にビルトイン食洗機の仕様。パネルだって鏡面仕上げでなかなか上等だ。小屋裏は孫でもできれば秘密基地になること間違いなし。防犯シャッターも付いていれば窓にワイヤーも仕込まれている。玄関は電子ロックだったりセキュリティー面でも安心仕様で至れり尽くせり。

しかし、場所が、場所が、、、
駅からバス25分+徒歩15分で、鶯が鳴いているという素晴らしさ。いや、鶯に罪は無いし、僕はむしろそういう環境が大好きだ。しかし、これではまだサラリーマン現役フルスペックを10年残している立場としては、通勤が辛すぎる。駅ちかにすると当然お高くなるので財政が許さない。

そして、そのうちだんだん気になってくるのだ。
ここはこの家が建つ前ってどんな土地だったんだろう。建てた会社の名前は見れば判るけれど、実際どんな工務店のどんな人たちが建てたのだろう。愛情や情熱をもって仕事をしたのだろうか。
リビングの位置ってこうでいいんだっけ?
バスルームの広さは、本当はもっとほしいよね?
液晶TVがあっても実際に湯船に浸かりながら見るんだろうか?
小さくてもいいから土いじりができるお庭がほしいって言っていたよね?
あれ、なんか前よりサッシがちゃちに見えるよ。
あれ?あれ?あれ?

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第3話「Jazzの風に乗って~smalln’cozyへ」

持ち前の楽観主義を発揮して、遂に新築の一戸建ての購入を決意するに至った我々であったが、いくら安くあげてもそこは新築。
どうしたってまとまった予算が必要だ。手持ち資金はお世辞にも潤沢とは言えず、この歳で大きな借入れを作るとなると気が重い。
さはさりながら凸凹コンビの凸の方は、好景気であっても上がらず、不景気でも下がらずと、どちらかと言えば変化に乏しい安定指向な職業柄である。現役ラストスパートの短期決戦は望むところだ。
「ここぞというときの兄貴の異様な集中力は人類のそれとは思えない」とは、我が賢弟の弁である。10年間での健全な返済計画は果たして立てられるのか。新築一戸建てを手に入れる決意を固めたものの、日増しにつのる建売りへの疑問。この後、いったいどうなってしまうのか!?

さて、建売りに疑問を抱けば、次は注文住宅を調べることになる。
僕個人がイメージしていた注文住宅というのは、TVのCMでやっているなんとかの森とか、売れっ子少女アクトレスがイケ面彼氏候補と絡んじゃうあれとか、プレステージの高い正しいパパとママが作るお家だ。

我々のような一般の規格に外れたチームには縁遠い印象があるものの、ローコスト住宅が台頭しつつあることも知っていた。ローコスト住宅の走りとして有名なA社や、2つのブランドを持つSS社など、いくつかの間取りタイプが用意されていてある程度の選択肢が楽しめるラインからセミオーダー、完全な自由設計とメニューはかなり豊富だ。
また、家を建てる場合は土地と建物を全て一社に依頼するケースが多いようだが、セパレートに調達する方法もありだ。我々は建物よりも住みたい土地に対するイメージが突出していたため、土地と建物を別々に選択する戦略を選んだ。

後々知ることになるのだが、この方法は当然2箇所に仕事を依頼すことになるので、主に手数料についてコスト効率が悪い。結果的にはとても満足しているのだが、これから家を建てる場合は気に留めておくとよいだろう。

土地については相棒行きつけの、美容院のオーナーさんの口利きで、とても熱心な不動産屋さんを紹介して頂くことで順調に進めることができた。
ハウスメーカーで経験を積んだ、若々しい社長のU氏がいくつかの候補地を選んでくれた中から、イメージにも予算にもぴったりの、僕らにうってつけな小さい土地が見つかった。まだ一般に売出しをかける前の宅地造成地で、県道から一本入って全部で10軒程度が建つであろうエリアだ。

葉山の小さな山を背負い、緑豊かでとても長閑である。この段階では雑草が伸び奔放に繁茂し、ブロッコリー畑ですか?という風情であるが環境は申し分ない。
U氏は何の知識も無い我々に色々なことを教えてくれた。ご縁はなかったものの、懇意にされている工務店さんも紹介して頂いた。
融資についても銀行との事務手続きなど、何かと力になっていただいた。
ありがたい話である。人の繋がりはこういう場面でも大いにモノを言う。
U氏の事務所で土地契約の事前打合せを終えたのは、恒例の横須賀JAZZドリームスをノリノリで楽しんだ晩のことである。
後日手付け金を支払い、銀行融資もトントン話で進めることができた。

並行して進めた建物の調達は、ローコスト住宅の自由設計がどのようなものなのか調べることからはじめた。
いわゆる昭和な感覚の僕は、「家を持つということは同時に色々な問題を抱え込むのが世の常であり、これすなわち厄介事である」くらいに思っていた。ところが法整備が昔とは比較にならないほど進んだこともあって、耐震性の向上やシックハウス対策、断熱をはじめとするエコ対策、防蟻処理やアフターサービスなど随分と諸状況が整っている。

ハウスメーカーにより表現は様々だが、そうした基本事項はどこも一通り押さえていた。彼らの業態は、本部がビジネスロジックを定め、企画運用や代表窓口として機能し、個別の建築案件と現場の取り回しは地域の工務店が支えるというFCの形式である。
従って、最終的には工務店の当たり外れにより家のクオリティーが大きく左右されるということもわかった。ローコスト住宅のハウスメーカーは夫々が自社の特徴をうまくプロモーションしていて、セールスポイントはかなりハッキリしている。
そうした情報を仕入れる過程で、自由設計の注文住宅の世界が様変わりしていて、我々の手に届く場所にあることが知れたのは大きかった。

実際に土地に合わせて自由設計をしてみるとどんな感じになるのか、試みに簡単な設計イメージを作っていただくなど確認もしてみた。
「シンプルモダンって言うらしいよ、これ。」
「標準装備は、今まで見てきた建売りのレベルは確保できるし、間取りも自由でなかなかいいよ。」
暇を見つけては営業さんとやりとりをして資料など準備してきたのだが、どうも相棒の反応がよろしくない。
「可愛くない」
「お洒落じゃない」
「イメージが違う」etc…具体性には乏しいものの、とにかく気に入らないということだけはわかる。
僕としては異様な集中力を発揮しつつ、制約の範囲内で頭から血が出るほど悩んで悩んで、自ら間取り図を描いたり悪戦苦闘しているわけであるが、手詰まり感はあるわのんびりしても居られないわですっかり意気消沈である。

が、そんなある日のこと。
「ねえねえ、ブルースホームっていうのがあってとても素敵なの、ここを見て!」とメールが届く。
お、やっこさん何かブレークスルーを見つけたのか?とPCに向かってURLを叩く。
やっ、これはまたずいぶんセンスの良いHPだぞ。ふむふむ、、、目に飛び込んできたページには「輸入住宅」の文字が躍る。がーん!何を考えているんだ、輸入住宅なんて手が出ないに決まっているだろう!?寝言は寝てから・・・・え?なになに?「1,580万円から」ですか?
これにはたまげた。
自由設計の輸入住宅が「1,580万円から」。この「から」にかなり引っかかるものがあるのだが、本当ならばスゴイことだ。ローコスト住宅メーカーの見積り一式と照らし合わせてみると、大きな差のない事が確認できる。
とにかく一度話を聞かせてもらおう。

早速コンタクトを取ったところ、すぐに土地の確認に走ってくださったのが営業担当の田代さんだ。僕は話が早い人が好きである。
「裏山には緑が多く、弊社の建物に合うと思います。」
「プランニングで工夫しましょう!」と、なんとも心強いリアクション。
次の日曜日に顔合わせの約束をした。

こうして、始めて素敵なsmall’n cozyを訪れたのは、僕と相棒が横浜の老舗ジャズクラブ Aireginで知り合ったあの日と同じ、8月12日のことだった。

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第4話「ルビコン川を渡れ!〜前編」

折からのデフレと低金利に後押しされて、注文住宅が手の届く範囲にまで降りてきている。
この状況に励まされた僕は、自由設計による輸入住宅の建築を検討するという冒険に打って出た。男子がアドベンチャー精神を忘れてしまっては詰まらない。
そして、言い出しっぺの立場ながら不安な面持ちを隠せない相棒を伴い、蝉時雨の盛りにsmall’n cozyを訪れるのであった。戦略的には短期決戦の方針で、早々と手付けを打って土地は手配済みである。

土地建物ワンセットで銀行融資を受ける必要があり、のんびり構える時間の余裕もない。
果たしてHPのカタログにあった素敵なサイディングのお家は、質とコスト、センスにおいて優れたパフォーマンスを発揮し、三方よしとなるのか。「一式1,580万円『から』」のカウンターパンチを喰らい、あえなくマットに沈んでしまうことになるのか。この後、いったいどうなってしまうのか!

今日も素晴らしく暑い。
左手に海、正面に入道雲、潮の香りの風を切り、合わせる周波数は78.9Mhz、湘南ビーチFMだ。懐かしい70’sロックを聞きながら、134号線に沿ってナビを頼りに、横須賀から逗子、鎌倉を抜けて一路藤沢へ向かう。

グッディーホームズはどのような工務店なのだろうか。
これまで相談してきたのは、いわゆるハウスメーカーや、大手ハウスメーカーの下請け工務店だった。万人受けしそうで目立った減点ポイントがない無難な路線であったり、「何でも対応しますよ!」と万屋の体裁だ。
「住まいはこざっぱりとして快適であればそれで良い」ということならば適当な発注先であろうが、色々工夫をしたい買い手としては困る部分がある。特に「何でもできます」と丸投げされてしまうと、途端に何をしてもらいたいのか言い淀んでしまい、具体的な打ち返しができなくなってしまう。
こちらはズブの素人であり、ゆるくてわかりやすい、しかも魅力的で喰いつきたくなるようなボールを投げてもらえないとヒットが打てないのだ。
果たしてグッディーホームズはHPで見た通りに、しかも僕らにも3塁打が打てそうな球をやさしく投げてくれるだろうか・・・

可愛らしいピンク色をした花を咲かせた百日紅の並木道沿いに、グッディーホームズの建物が近づいてくる。
HPで見た通りでなかなか素敵ではないか。
表にまわると、まず目に飛び込んでくる印象的な看板がイイ。愛嬌のあるデザインながら、錆びた鉄の無骨な質感でバランスをとっている。
丸太を縦に割った土留めや、子豚レースができそうな囲いに芝生。飛び石をトントン踏んで歩みを進めるアプローチも素敵だ。蝉の大合唱を聞きながら開く大きなドアがまた素晴らしい。
ごくごく淡く、ピンク色がかった薄いナチュラルカラーの塗装が施され、無垢材の木目がハッキリ浮かび上がって大変上品な仕上がりである。それでいて重量があり、抜群の存在感だ。このドアを入ってその場に商談のための古びた机があり、フロアーは狭いながらも天井がドーンと吹き抜けていて、とても気持ちの良い空間だ。無垢の古木を使った板張りの床はみしみしと音を立て、新しい事務所に風格さえ漂わせている。

我々は、グッディーホームズの社屋に詰め込まれた建物に対する感受性とディテールを選び取るセンス、そしてバランス感覚の良さにたちまち魅入ってしまった。しっかり作り込むところと、逆にボロっちいとさえ言える年季や古さを愛でる感覚の同居とハーモニー。
僕は建築やインテリアのプロフェッショナルではないが、これはヨーロッパの造形アーティスト達が持っている感覚に近いものだと感じた。その昔、仕事で訪れたコスチュームジュエリーのデザイナー達がパリに構えていたアトリエには、まさにグッディーホームズのエスプリに通じるものがあったことを思い出した。

そして、迎えてくれた田代さんの営業アプローチにはガツガツしたところが微塵も感じられない。意匠担当の近藤さんは、小さな土地にあわせた水彩調の柔らかな色使いで、手描きの間取りイメージを用意していた。
会話のキャッチボールをする中で、ああしたらこう、こうしたらああなりますと、外連味のない仕事人らしい応対をしてくれる。「現場をよく知っているデザイナーだな」と率直に感心した。細かいところまでノウハウに裏付けられた配慮が行きが届いているのだ。
この人たちは、この業が、この会社が、この仕事が、本当に好きでたまらないのだな。そう思わせるオーラが見えて大いに好感を持った。相棒も同じ気持ちだ。

しかしそう手放しに喜んでばかりもいられない。
先ずは基本的なプランやコミュニケーションの流れと家作りの進め方などを聞かせてもらった。家作りの流れは一般的なハウスメーカーのそれと変わらない。
但し、ツーバイフォー若しくはその類型の工法を採用しており、建材も輸入しているせいか在来工法による工期よりも長めな印象だ。開始時期によるそうだが、我々の場合はザッと半年~7ヶ月かかる。桜の季節をぴかぴかの新居で迎える段取りだ。

次に、例の「一式1,580万円『から』(第3話を参照)」の正体を確かめるべく、オールインワンパッケージであるOREGON Stage1の内容を具体的に確認した。
果たして、国内ローコストハウスメーカーでは基本仕様に含まれていたYAMAHAレベルのシステムキッチンや、INAXクラスの洗面台ユニット、浴室のミストサウナや液晶TV、バルコニー、掃き出し窓の防犯シャッターなどはみなオプションである。
やはりカウンターパンチが飛んできたか、、、
しかし!田代さんがにこやかに付け加える。
「実は弊社の海老名店のオープンを記念して、オプション半額キャンペーンを打っています。」、「今月いっぱいで終了するのですが、月末までにご契約の意思表示を頂ければキャンペーン対象の取り扱いをさせていただきます。」。
こ、これなら行ける!チラシにあるオプション価格を目の子で計算して直感した。相棒はというと、隣にちんまり座ったまま事務所の造作をポーッとして眺めている。まさに恋する乙女だ。
もうグッディーホームズにお願いする以外には、この人の頭の中に選択肢はないのだろう。
だがしかし、僕としてはこのお花畑プロジェクトを成功に導く重責を担っており、あらゆる可能性を考え抜かねばならないのだ。

打ち合わせは長時間に及び、気がつけば真夏の戸外には夜の帳が降りている。
グッディーホームズの外灯には明かりが燈され、温かみのある佇まいが、暗がりにふんわりと浮かび上がっている。素晴らしいお家を建てたなら、こんな風に24時間我々を楽しませてくれるのだろう。
帰りの車中、二人は興奮の面持ちで、「お願いするなら是非グッディーホームズにしたいね!」とあれこれ語り合いながら家路を急ぐ。
その一方で、僕は頭の中で必死にそろばんをはじくのであった。

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第5話「ルビコン川を渡れ!〜後編」

さて、グッディーさんへの依頼を真剣に考えるにしても、どんな仕様のお家が作れてどの程度のお金がかかるのか見えなければお話しにならない。
第1回目の打合せの内容を反映した間取りの図面をメールで送っていただいたので、近藤さんの手描きのイラストと合わせてあれこれ考えた。

山を背負っているので日照時間が短い。とにかく光が必要だ。よって2階にリビングを配置して、南側に大きく窓をとることにした。
近藤さんの提案で、南に面したリビングには小さな切妻をこしらえて、そこに雰囲気のある半円のドーマーを配置する。採光というテクニカルな要求に対して、プラスアルファを添えた提案をする彼女のセンスは抜群である。そのドーマー通して届く光を室内一杯に満たすため、思い切って勾配天井を採用した。その一番高い場所で、我々の憧れの世界ではマストアイテムであったシーリングファンも回したい。

そしてダイニングキッチンだ。勾配天井の下で、リビングに隣り合わせて一体的に作ろう。キッチンカウンターは南向きで作業ができるように配置して、半円のドーマー越しに豊かな緑がしっかり見えるように。気分が良くなって、きっといつもより一品多くこしらえてしまうことだろう。
リビングダイニングキッチンともなると、やはりちょっとした手を洗うようなスペースもほしいよね?客人に1階に下りてくれとか、まさかキッチンのシンクで手を流してなんて言いたくない。そこで、ダイニングスペースの近くに窪んだ場所を準備して、素敵な花柄をあしらったペディスタルシンクを設置することにした。小さな裏庭に咲くような、可愛らしい小花模様だ。リビング階段を上りきったところにあたるので、ここには素敵なペンダントライトも吊ってみたい。

ところで、リビング階段にするかリビングドアで仕切るか、実はかなり迷った。間仕切りがなければ1階から2階に風の通り道ができて、きっと冬は寒い。冷え性の女性には堪えるだろう。しかし田代さんや近藤さんと話しているうちに、高気密性の住宅なのでそこまで気にする必要はないという結論に至った。

リビング階段は見た目にも素晴らしい上に、スペースを広く見せる効用も期待できる。階段には縦にポールが入った手すりを付けて見通しを良くしよう。手すりにあたる笠木と階段の濃い茶色をトリミングに、ずらっと並んだ真っ白いポールが挟まれ、きっと素晴らしいアクセントになる。

2階の南側には、往々にして北側に追いやられてしまう和室も設えて、狭いながらも日当りの良いリラックスできる場所を作った。収納スペースがあまりとれそうもないので、ここに小屋裏もつけた。
山を背負うのはデメリットばかりではない。マイナスイオンが降り注ぐ緑豊かな裏山を借景に、椅子2脚に丸テーブルが置けそうな屋根付きの小さなバルコニーを作って、ちょっと素敵なカフェテラスにしてみよう。和室とバルコニーは相棒の強い希望によるものだ。

さて、2階には色々と詰め込んだが、それでも2畳分ばかりの小さなスペースが残されている。考えた末、ここには小さな小さな書斎を作ることにした。
壁紙や照明プランでお世話になる堂本さんに教えて頂いたが、書斎はDENと呼ぶらしい。直訳すると「動物のねぐら」。まさに僕や相棒が読書や書き物で篭るのに相応しいイメージで感激だ。ここも勾配天井にして狭い空間に広がりを持たせよう。狭い空間が高い天井によってガラリと印象を変えるのは、small’n cozyの商談スペースで確認済みだ。
窓の外には水色に塗装したアンティークのルーバーを取り付けて、木製のフラワーボックスも設置したい。晴れた日の午後は、陽射しに溶けたルーバーの水色が反射するこの空間で、いつまでも過ごしていたくなるだろう。これもグッディーさんの社長室の雰囲気にヒントを得たものだ。

1階には夫婦それぞれの寝室を配置する。日照が不足しても、どうせ寝るための場所である。割り切ってしまおう。相棒の寝室からは、掃き出し窓を開けて小さなお庭にアクセスできるようにする。庭作りは僕の将来の楽しみに取っておくつもりだ。
自然が大好きな我々は、葉山の山々や川や木立ち、そして海と、溢れる自然の恵の中で、自転車に跨りのんびり遊ぶ暮らしがしたいと以前から思っていた。玄関は自転車を入れてもお釣りがくるくらい大きくしたい。ちょこっと座れるベンチを置けば、ちょっと届け物に寄っていただいた方に腰掛けてもらえて具合が良いだろう。

将来どちらかが、ヨタヨタになった相方を世話をするにも苦労の少ないように、浴室もまた標準より大きくしたい。
洗面台もゆったり幅広なタイプが良い。大きな素敵なミラーを吊るして、可愛らしい椅子に腰掛け、ゆっくりと髪を乾かせれば、相棒は入浴のひと時を快適に楽しめることだろう。そうそう、ついでだからアメリカのTVドラマで見たと言っていた、寝室から直接アクセスできる洗面室にしてもらおう。お風呂でリラックスして温まって、そのまま寝支度をして寝室に戻れるならば、来客があっても気にする必要はないだろう。朝だって、起き抜けを見られることなくシャワーに直行したい乙女心はわからないでもない。

オプションから選んだのは既にお話ししたように、先ずは勾配天井。
2階の全面はなく、キッチンカウンターの上までで一端切って垂れ壁にしてみた。こうして起伏を作ることで、室内の傾斜や曲がり角の陰影による光の彫刻を期待している。勾配天井は最も高い位置で軽く4mを越えており、恐らく床面積以上の広がりを演出してくれることだろう。
そして小屋根裏についてもお話しした通りだ。畳2帖分程度のスペースがある。
浴室の拡張もオプションだ。日々大きなお風呂でゆったり湯に浸かれば、リフレッシュ率が倍増すること間違いなしだ。

そしてフロアーは30mm厚の無垢のパインの床。分厚い無垢のパインの床の上を履物なしで歩いてみると、なんとも言えない温もりが足裏から伝わってくる。
一般的なハウスメーカーでは、無垢の床は反ったりきしんだりで大変だと言われるのだが、むしろあのみしみしと音を立てる感じがたまらないのだ。2箇所のトイレの中まで全部やってしまおう。
ちょっと意外だったのがトイレの換気扇がオプションということ。当然必要だ。また、TVやインターネットなどの配線、ガス栓についても、今時のマンションや建売りの場合各部屋には当たり前に備わっている。これらは標準仕様では最低限しか付いていない。まともな設備にしたければオプション対応が必須だ。

ところで、グッディーさんではキッチリした設計に踏み込むまでの対応は無償だ。
気が済むまであれこれ質問すれば、丁寧に情報提供を受けたり説明してもらえる。これがしたい、あれもしたいと希望を出して、参考に図面を書いてもらうことだってOKだ。

ただし、大きな資本を背景にしたFCの対応とは差がある。たとえば、参考に間取りを提案してもらう場合、CADによる3Dイメージは出てこない。大手ハウスメーカーの下請け工務店でも無償対応する範囲であったことを考えると、立体イメージが確認できないのはお客にとってマイナスだ。これは建築契約の締結後も変わらず、つまり設計の面で自社内のIT化に資金投下をしない方針なのだろう。
もっともその不自由さを補うだけの別の強力な訴求力を持っていることが、グッディーさんを彼らたらしめている所以である。

プランを具体的にイメージできなければ、ストレートにそのように言えば良い。彼らは手描きしたり様々な方法で工夫をしながら、納得するまでつきあってくれるはずだ。家作りが、お客と一緒に創作をしていくことが、三度のメシより好きな人たちなのだから。

さて、銀行と融資契約を締結するには建築する家の図面が必要で、期限が迫っている。
こちらが短期集中戦を希望しており、グッディーさんはこれに引きずり込まれた格好だ。

無理を押して押してまた押して、8月21日にはお家の原形が決まるまでに詰めていた。
早い早い、あっという間である
(ストーリーとして読みやすくなるように時系列の前後関係がずれている。実際ここまでディテールを具体的にイメージした形にせずとも、施工契約や銀行の融資の契約までこぎつけることは可能なことを書き添えておきたい)。

この時点で、グッディーさん以外のハウスメーカーに家作りを依頼する理由がまったくなくなっていた。
「1,580万円『から』」にはそれなりに打ち返しがあって工夫を迫られたが、なんとかなりそうだ。
8月24日には本設計の契約を済ませ、銀行融資の本契約にも走った。

Past the Point Of No Return.かくして我々はおっかなびっくり、ルビコン川を渡るのであった。

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第6話「救世主ヨッシー現る」

二人の好きなものがたくさん詰まった空想の世界のsmall’n goodyが、二次元ながらもその実像を結び始めた。

シーリングファンが回る高い勾配天井にはドーマーを配置して、リビング階段もきっと素敵だ。分厚いパインの無垢の床板は足裏に温もりを伝えながら、ミシミシと音を立てることだろう。
煎れたての珈琲を片手に、小さな書斎の窓から見えるこんもりとした緑の山の眺めは格別に違いない。しかし我々のチャレンジは序の口も序の口、未だ着工前である。
もともと好きではあるものの、間取りの細かい詰めや、ガス配管・電気、TVの配線も決めなければならない。膨大な種類から壁紙を選んだり、床板や幅木、天井の廻り縁や窓のケーシングの塗装決めもある。照明や家具調度も吟味しなければならない。

右も左もわからずに走り始めた我々は、どんな手順が必要なのかサッパリわからず、頼みの綱は田代さん近藤さんペアーだけ。この後、いったいどうなってしまうのか!

さて、契約を済ませるとすぐに地盤調査が控えている。
葉山は地滑りする地勢らしいが、そばに県道が通っており、そのような幹線道路があるからにはある程度地盤は強固でしょうと、そんな楽観論もあった。しかしこればかりは掘ってみなけりゃわからない。

調査結果をどきどきして待つこと数日。已んぬる哉、やや軟弱な地盤と出た。鋼材を打ち込む本格的なものではなく、セメントミルクを流し込む柱状改良が必要という見立てであったのは不幸中の幸いだ。さらに、葉山は下水道の整備が遅れており、目と鼻の先は上下水道ありなのだが、残念ながら我が土地は浄化槽を設置する必要がある。地盤改良と浄化槽の設置にはそれなりにコストがかかるが、こればかりはどうしようもない。

グッディーさんにお願いした段階で間取りイメージはかなり具体的になっていたので、これを前提に家具を選ぶことにした。
先ずは奥様の寝室だ。輸入住宅にしたからには、それに合った家具が必要であろうと多少の予算組みはしてあった。無論僕は貧乏であるが、雰囲気が安っぽくちゃあいけない。米国の家具にしよう。存在感はあっても重すぎず、フェミニンでなくてはいけない。掃出し窓には欧州産の素敵な布地を使って、ボックスカーテンが必須である。
そしてもう一つある窓にはローマンシェードが似合うだろう。「そんなにあれこれ揃えてしまって大丈夫?」。相棒の心配をよそに、こうして我が妄想は雪だるま式に大きく育っていくのであった。

さて、自室はどういうイメージがよいか考えてみよう。そっくりそのままは無理だとしても、大好きな明治時代を感じる和洋折衷な感じがなんとなく好みである。戦艦三笠とか、秋山真之とか、艦長寝室とか、菊のご紋とか、横須賀の三笠記念公園でみたあれやこれが思い起こされる。贅沢は敵だ!だが手持ちの大きなベッドや、趣味の音楽の機材一式がしっかり収まるスペースは必要だ。

リビングダイニングではあるものの、リビング領域とダイニング領域は分けて考えることにした。リビングはトラディショナルなやや固めの、落ち着いたイメージが良いだろう。装飾をあしらったダークブラウンの家具を選ぼう。園芸雑誌などを片手に、お茶にクッキーと会話を楽しんだり、大画面の映画に固唾を呑むのはここだ。

そしてダイニングセットはややフレンチカントリーに寄ったエスプリがほしい。クリスマスに相棒が手間をかけて作ってくれる鶏の詰めものを並べたり、ブレドールの小麦の香り高いパリジャンとチーズに美味しいワインとか、そんな豊かでカジュアルな食卓ができあがれば楽しいだろう。経年加工したホワイトカラーがイメージだ。

構想(妄想)に基づき、僕はあちこちのサイトを見てまわった。輸入家具はきっと高価なのだろうと内心ビクついていたのだが、取り扱っている家具屋さんは想像した以上に多く、価格はかなり手ごろだ。
この世界にも革命が起きていて、流通経路の工夫や展示場の全廃、オンラインショップ化が急速に進んでおり、価格が急降下していた。おまけに空前の円高である。輸入住宅を考えている人間にとっては、今は良い時代なのかもしれない。手間隙はかかったものの、寝室、リビング、ダイニング夫々のイメージに適当な品物を見つけることができた。

しかし誤算があった。
地盤改良や浄化槽の費用に加えて建物にあれこれと注文をつけたものだから、当初家具類向けに確保していた予算が半減していたのだ。
お家を建てる場合、諸費用や家具調度などその他の出費がかさむことは当然念頭にあった。
我々の場合は、土地家屋のトータルコストに対して当初10%、多く見積もっても15%と見込んでいた。ところが建物本体側で費用が膨らんだため、唯一調整可能な家具調度品の予算が割りを食うことになったのだ。これには参ったが、この期に及んで肝心要の本体のオプションを削り取る気には到底なれない。さてどうしたものか。
こうして頭を抱えていた迷える羊を、天は見捨てなかった。

天は自らを助くる者を助くと言う。

揃えたい家具一式は決まっていたので、先ずは同じような業態で格安に輸入家具を取り扱っている数社に当たりをつけた。勿論、足を伸ばせる範囲は実店舗や倉庫があれば偵察し、遠方の場合は問合わせのメールやカタログ請求で探りを入れる。そのうち感触が良さそうな、米国の家具メーカーAsheleyの代理店であるワールドトレーダーズさんに白羽の矢を立てた。
そして、まとめて一社にお願いすることで条件交渉を試みた。

社長の吉田さんはとても物腰が柔らかく、腰の低い方で、対応が一々親切な方だ。
また家具に精通しており、輸入家具の業界にも長いため事情を熟知されている。見た目に変わらないモノでも、このメーカーのこれは作りがいけませんとか、的確な助言を頂ける。
我々の間では敬愛の情を込めて「ヨッシー」と呼んでいることは、吉田さんには内緒である。

二子新地から程近い事務所を訪ねて相談したところ、当初覚悟していた費用を大幅に下回る見積り価格を出してもらえた。また、納期に関する相談や、一時保管に便宜を図っていただくなど、安価に輸入家具を販売する企業としては凡そ考えられないほど、手厚くサービスする姿勢には感激した。そして驚いたことに、ヨッシーはグッディーさんを知っていた。
「弊社のお客様にはブルースホームさんで施工をされた方がいらっしゃいます」
「ブルースホームさんのFCとしては、グッディーホームズさんは恐らくトップの実力派だとお考えになってよろしいかと思いますよ」
との弁である。
あー、グッディーさんにして本当に良かった!
今回の小さなお家を建てようプロジェクトでは、こうして人に助けられることが多い。
ありがたい話である。Thank you so much, Yossy !

一方その頃現地では、、、
11月4日に予定している配置確認に向けて作業が進んでいた。

配置確認とは、「図面通りに配置計画がされているか」と、「実際の配置を施主が確認すること」だ。
この確認を経て11月10日の地盤改良工事(柱状改良工事)、11月12日~24日の基礎工事、そして浄化槽設置と配管工事へと工程が進捗するのだ。
配置確認の当日、相棒と二人で現地を訪問すると敷地に沿って紐が張り巡らされていて、「あー、ここに家が建つのか・・・」と、まったく具体的な実感の無い空虚な感慨を覚える。
それはそうだ、たんなる空き地に子供の陣地のようにマーキングされているだけなのだから。
「こっからここまではオイラのお家だよ」と、まさにそんな感じなのだ。

こうして僕たちは例年にはない大きなテーマを抱え、ゴールの旗も見えないまま、2012年の終わりに向かって二人三脚を続けるのである。

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第7話「もっと光を!」

間取りや基本的な造作など徐々に具体的なイメージが固まり、大きく育った妄想にぴったりはまる輸入家具も決まった。

またもや人に助けられ、予算不足を辛くも切り抜けていよいよ着工だ。
閑話休題、息抜きも必要だとばかりに、11月の配置確認に先立って僕がギターで参加している趣味のバンドのライブをちゃっかり敢行。50人以上のお客さんが入って、ミラーボールはガンガン回る。お客さんもガンガン踊る。横濱赤煉瓦倉庫の近所で夜更けまでノリノリである。お家作りもこんな感じでぐいぐい進んで行くと良いのだが、、、

しかしここまでおよそ4ヶ月間。
なんとなくうまく行き過ぎているようで怖くもある。調子に乗ってるんるんスキップしていると、きっとどこかに大穴が口をあけて待っているかもしれない。これからいよいよ佳境に差し掛かるお家作りはこのあと、いったいどうなってしまうのか!

家具が決まると内装のイメージが俄然固まってくる。これからお家を建てる人に是非検討をおすすめしたいのは、大雑把な間取りのイメージが決まったら先ずは家具を決めること。選んだ家具をどこに配置するかおおよそが決まったら、今度はそれに合わせて間取りを調整していく。我々の場合は、こうしてハコとモノを交互に詰めつつすり合わせをしていくことで、最終段階で大きく悩んだり手戻りすることがなかった。

照明も重要だ。当初は随分凝ったデザインの品物が増えている国産品や、輸入品のうち日本ではポピュラーなキチラー社の製品を検討していた。その一方で、先に手配に動いていた輸入家具を物色している間にも、米国の照明器具が嫌でも目に飛び込んでくる。
どれも素晴らしい。そして現地の価格がとても手頃なのだ。どうしてもほしい。何とか手に入れたい。僕の中でまたもや「あれがほしいんだ!」の虫が騒ぎだす。照明器具は関税が付かない。輸送コストさえ何とかなれば、これは個人輸入をすると大いに可能性が開けるのではないか。どこかに西海岸から横浜港まで飛んでくれる空飛ぶ絨毯は無いものか・・・

そんなものがあろうはずもないが、信じるものは救われるのである。知人がアメリカから船便コンテナーをチャーターしており、ついでだから載せてくれるというのだ。かくして、国内の商社経由で購入する金額の4分の1という破格にて、素晴らしい輸入照明器具を手に入れる算段がついた。
なんという幸運!
早速、米国内で目指す器具の取扱いが豊富な数社から見積もりを取り、対応の良し悪しも踏まえLighting&Locksという販売店からの購入を決めた。価格は充分に安く、カスタマーサポート担当のMr.Jerryのメール対応がたいへん親切であった。問い合わせには即座に返信してくれ、見積もりを出すのも速い。勾配天井の頂点から下げるシャンデリアのチェーンの長さを相談すると、本来は有料の追加チェーンを無料で手配してくれるという手厚さだ。

輸入の照明器具とは別に、国産品では手作りの職人芸で凝った照明を作っているコンコルディア照明も検討していた。11月には東京にあるショールームを訪問して様々なモデルを確認したが、どれも出来映えがよい。その中でも、やはり事前に目をつけていた2種類が特に素晴らしかったのでこれに決めた。

そうして12月には全ての照明器具の発注にこぎ着けた。さあ、手にするあのシャンデリアは、ブラケットライトは、ペンダントライトは、イメージした通りのものなのだろうか。思い浮かべるとワクワクするのである。インテリアコーディネーターの堂本さんには、先に調達の手配をした輸入照明器具やコンコルディアの照明だけでは、光を供給し切れない箇所に向けた提案も頂いた。たとえば大きな天井はそのままにしておくと暗がりになってしまうので、ピンスポットで照らす必要がある。シャンデリアは光が拡散して食卓に充分な光量を供給できないことから、ダイニングテーブルに向けたピンスポットも必要だ。やはり目に付かない細かい部分の詰めには、プロの目が欠かせない。

ところで照明器具の発注に先立って、実は大事件が勃発していた。

意匠について絶大な信頼を寄せていた近藤さんが、11月末日でご都合により退職されることになったのだ。これには我々も大ショックである。ほとんどの仕様や造作については既に決定済みであったのがせめてもの救いだが、なんだか戦友を失ったような、そんな気持ちがした。
近藤さんの役割は図面上の意匠のみに留まらず極めて大きい。プロ根性が据わっていて、施主の希望に沿ったもの、あるいは自分が提案したイメージにヒットするパーツをどこまでも追い求め、探してきてくださる。彼女は建物が組みあがってからも存在感を発揮する。ヘルメットを被り、勇ましく現場に乗り込み、ちょっとでもイメージと違う施工があれば容赦なく職人さんに調整を指示する。そんな方だと聞き及んでいた。平素の仕事ぶりや残されている施工の写真からも、その様子は十分に窺い知れる。

イメージと現場を繋ぐ、プロジェクトの大動脈なのだ。
現場は文字通り現場であり、雰囲気とかテイストとかイメージとか、そういう獏としたものとは本来無縁である。彼らは職人としての魂で仕事をすべきであり、それが正しい姿だ。ここに現場の事情も施主のイメージもわかった橋渡し役が登場することで、両者の関係は見事に完結するのだ。建築に限らず、プロジェクトというものはすべからくそういうものである。
この大動脈が外れたことは、実に、実に惜しいのだ。「百里を行く者は九十を半ばとす」とはけだし名言である。それでも、図面上で可能な全ての調整はやりきって頂けたことがありがたかった。
近藤さんありがとう、そしてお疲れ様でした。

さあ、気を取り直して張り切っていこう。
12月初旬にはほぼすべての仕様を確定する上棟前の打ち合わせを行い、12月中旬にはパネル工事が行われ、あっという間に大枠が組み上がってしまう。2×4の面白いところだ。このタイミングで、堂本さんからインテリアプランが郵送されてきた。
施主と正面から向き合った手作りの仕事で進めるグッディーさんらしい資料で、今まで詰めてきた内容が丁寧にまとめられている。初めてグッディーホームズを訪れてから5ヶ月目のことだ。

そして寒さが身にしみる12月下旬には、現地で上棟打合せを迎える。
ドーマーやリビングの窓にあたる開口部から窺う裏山の緑の借景が素晴らしく、目論見通りである。勾配天井が作り出す大きな空間も迫力だ。まだまだ枠組みだけでイメージとは程遠い状態だが、それでも充分に感動を覚えるのである。

この時点で、洗面所についてはもうひとつ具体性を欠いていた。洗面台ユニットがまだ決まっていないのだ。洗面台の品定めには大いに悩んでいたのだ。
当初は俄然、家具調の輸入物を希望していた。グッディーさんで用意しているモデルは多くの施主さんも採用しているのだが、近藤さんの珍しく煮え切らない様子が頭にこびりついている。これは恐らく機能面で国産品と差があるのだなと、ピンとくるものがあった。

そこで、国内のモデルで機能もデザイン性も良さそうなものを田代さんに探して頂くことにした。幅が広くて、表面の質感が良く、機能も先進的。お掃除も楽ちんなうえ座って洗面台に向かえるのが良いという我侭っぷりである。田代さんに汗をかいていただき、挙がってきたいくつも候補の中から要望にピッタリのモデルを見つけることができた。

横須賀ベルニー公園で毎年行われる大晦日~新年のカウントダウンイベントは、我々の恒例イベントでもある。しかし2012年は例年のそれとは違う。地元の住人としてここで年末年始を過ごす最後の年になるからだ。ちょっぴり寂しい気もする。

勇ましい海上自衛隊の護衛艦を横目に、晴れの朝は遠く対岸に横浜の港まで見渡せる。戦時中に作られたJR横須賀駅と田浦駅を結ぶ古い煉瓦造りのトンネルを、銀色のボディーに青いラインの列車がくぐり抜け、横須賀駅にガタンゴトンと入線する。
その裏側には丘が広がっていて、夜になると小山の上で山寺の灯りがチラチラとゆれる。僕が好きなもの全てがコンパクトに収まったジオラマのようなとても素敵な場所で、ここが結構気に入っている。国道16号線がくねくねと町を縫って走り、隧道に吸い込まれていく有様がとても可愛らしい景色なのだ。
年が明けて暫くした1月14日、三浦半島は珍しく大雪に見舞われた。

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第8話「東へ西へ」

工事は我々のイメージを形にすべくどんどん進む。
防水シートが貼られ、屋根も組まれ、バルコニーの土台や内部の造作と、単純な枠組みがゆっくり姿を変えていく。この時点で施主側が手配すべきものはあらかた片付いているので、こちらは案外のんびりしている。

しかしそうこうしているうちに、またもや大事件が。
なんとこれまでお世話になってきた田代さんまで、よんどころない事情により1月一杯で退職することになってしまったのだ。チーム崩壊、まさに青天の霹靂である。田代さんは家造りの実務については肝心要であり、意匠・設計の近藤さんと併せて双発のエンジンであった。キリッと取り組む近藤さん。対する田代さんはイイ感じに、うまい案配で事を運んでくれる絶妙のコンビである。我々にはうってつけで、つくづく担当者に恵まれたと頼もしく思っていたのだ。そこへまさかの事態。我々が乗り込んだ双発飛行機は、エンジンを2基とも失うことになったのだ。ここであえなく墜落の憂き目となるのか!?このあと、いったいどうなってしまうのか!

一大事である。

まさかのエンジントラブルでアルプスの山中深くに不時着、遭難とあいなるのか、、、不幸中の幸いは、最大の山場を越えていたこと。そして現場を見てくださる関さんの存在だ。机上のプランを作成している当初からの事情を知っていて、現場施行の流れをすべて受け持ってくださっているのがベテランの関さんであり、ひとたび建築のフェーズに入ったなら頼みの綱である。そして、営業のフロントには噂のワンダーウーマン、清水さんに立っていただき、ブログでお世話になっている齋藤さんもバックアップしてくださることとなり、急遽体制を立て直していただいた。さあ、もう目的地はすぐそこだ。再び動力を取り戻して、我々はゴールに向けた最終アプローチへと差し掛かっていく。短期集中ではあるが、それこそ寸暇を惜しんで、頭も体もフル稼働で必死に練ったプランである。チーム全員、出せる力はみな使った。必ずうまくいくはずだ。そして、ここまで辿りついたのは田代さんのお陰です。ありがとうございました!

1月19日に、待望のサッシが取り付けられたと連絡を受けた。早速現場の状況を見に行く。輸入のサッシは独特の雰囲気があって、シングルハングの窓は期待した通り、とてもアメリカンである。留め金をはずして窓を押し上げてみると、ずっしりと重い手応えだ。これは想像以上の重厚さ。掃き出し窓の開け閉めも、腰を入れて引っ張らないと動かないほどだ。軽いタッチでユーザーの負担を軽減するのが日本の設計思想であろうが、全く逆を行っている違いに驚く。そして、取っ手をクルクル回して開け閉めするオーニング仕様の窓には手をたたいてしまった。smalln’ cozyで見た「あれ」が、今目の前にある。特注で作ったミニ窓も実に可愛らしい。そしてまだポッカリと穴が空いているだけではあるが、ドーマーの様子もよくわかる。想像を掻き立てるディテールに興奮度Maxである。すごいすごい!天井も想像以上に高いぞ。窓は人体で言えば瞳のようなものか。そこに暮らす人間の生き方が戸外に伝わっていく、インターフェースになるのだろう。大切に考えたいものだ。

さて、施工が進むと机上ではわからなかった細かい調整のポイントが見えてくる。家具の配置を現場で具体的に想定してみると、微妙にバランスを再検討すべき箇所が出てくるのだ。「もう10センチほど壁をふかしましょう(材を重ねて厚みをかせぎ幅をもたせること)。」、「そうするとチェストの見映えが良くなりますよ。」とか、「この部分はもうちょっと高さをとっておかないと貧相になりますよ。」とか、現場で対応する以外にない細かい調整については、関さんが適確に助言をしてくれる。こうした経験値は、つまり体に染み込んだ、洗練された輸入住宅建築プロセスのエッセンスであろう。無形のノウハウからしか導き出せない解が、我々にとっては最も重要なのだ。そして、誰の目にも留まらない裏側とか、稼働しようがしまいが大勢に影響のないメカとか、将来のゲストを想定したちょっとした工夫とか、そういう些細な拘りこそが最終の成果に形として滲み出てくるものだと思うのだ。そのような思いを共有できる人たちと製作に携われるのは幸せなことだ。

我々はこの時期からカーテンを選びはじめた。
注文住宅のプロジェクトの一般的な手番からすると、カーテンの検討はあらゆる散財をし尽くしてからの取組みだ。どうしても、予算峠の胸突き八丁にさしかかってからとなる。どこをどうはたいても、充分な原資が出てこないのだ。

しかし我々は以前から、「お家のカーテンをあつらえるのなら逗子のオカザキにしたいね」と話し合っていた。
逗子や鎌倉、横浜まで、オーダーカーテンの店舗は少なくない。それぞれ特徴があって素晴らしいのだが、どこを当たってみても結論は「オカザキ」なのだ。エグ過ぎず、逆に洋裁店の手芸テーストにも陥らず、適度に華があり、フェミニンでバランスが良い。
逗子店を訪ねて今回のあらましを伝え、担当してくださった村田さんに何通りもの提案をしてもらった。資金の不足を工夫で補うため、最初から予算を伝えて基本的なスタンスを決めはしたが、迷いに迷うものである。100点満点から部分的に費用を抑えるダウングレードをしてみるなど、たくさんの引出しから我々に合ったプランを提示してくれる村田さん。

オーダーカーテンをはじめて経験する我々にとっては道しるべになる。生地選びも大いに悩む。オカザキには自社仕入れの素晴らしい輸入生地がたくさんある。どれも魅力的で、直接買い付けをしたものはとても買いやすい価格設定だ。
あれこれ悩みながらも、全室の窓を飾るデザインの仕様と生地の選択を終えた。だがリビングダイニングの生地だけがどうしても決まらない。多くの生地は厚手もレースも店頭にあるサンプルから選択したが、この場所にはもう少し違った雰囲気が欲しい。そこで施主支給の生地として、自分たちで調達をすることにした。

Morrisをはじめ、気になるものは片っ端から生地見本を取り寄せたり、他店まで足を運んで手にとった。代理店があればショールームも訪問して、膨大な見本帳と格闘した。
そうした中でわかったことがある。
特にプリント生地、中でもコットン100%素材の場合は、カタログや雑誌の2次元では素晴らしい見栄えでも、実際に目の前にするとまったくさえない場合があるということ。いや、むしろ我々の場合はほとんどがそうであった。とは言え、生地の風合いにまで拘れば、それは如実に価格に現れる。息切れしている僕にとっては、とても高価なのである。

しかし時すでに遅し、僕は例の「どうしてもあれが欲しい病」を発症しており、しかも重篤である。狙っているのは麻の混紡で、英国製の素晴らしいプリント生地だ。しかしながら、これを国内で調達するとなるととんでもない価格になる。そこで、どうしてもその生地のカーテンで窓を飾りたい僕は、英国の販売店に片っ端から連絡を取った。

国外とは取引しないとか、そもそも返事がこないとか、連戦連敗である。
しかし10社目くらいであったか、ようやく対応してくれる生地屋さんに当たった。こうして、勾配天井とドーマーで構成した大きなメインエリアを飾る生地の手配に算段がついたのだ。

外壁にサイディングを留め付ける作業が始まった。
ほんの一部分だけであっても、遂に最終形の片鱗が姿を現したのだ。もうすぐやってくる熱い夏の雲と同じ色の、青春時代に憧れた真っ白なサイディングだ。感激もひとしおである。そして、ここからは週を追うごとにお家らしさが増してくる。室内では断熱材をたっぷり仕込んだ壁に次々とパネルが打たれ、区切りが曖昧だったあちこちに間取りが姿を見せ始める。配管やユニットバスも組み込まれ、クローゼットなどの造作も徐々に進んでいく。
我々も負けじと、お気に入りを探して東へ西へ。さあ、思いつきから始まった一大プロジェクトもいよいよ終盤である。

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第9話「翼よあれがパリの灯だ!」

「いったいどうなってしまうのか!?」と、この8ヶ月間に亘りそう思わない日はなかった。止め処もなく湧き上がってくるイメージやアイデアを、そのままグッディーホームズに語りながら全力で駆け抜けてきた。

オーソドックスなアメリカンスタイルのラップサイディングに包まれつつも、英仏な感じ(と適当なことを言っているが)とか日本の明治時代の雰囲気とか、、、きっとプロから見たら恐ろしい要望の数々であったことだろう。
しかし、「道は開ける」である。
グッディーホームズは我々の要望にいちいち付き合ってくださった。総仕上げはもう目の前だ。

寒さが身にしみる2月の終わりには、真っ白なラップサイディングの外観が整った。寒色系のホワイトを選択したのは正解で、裏山の緑の濃さに際立って見える。
3月に入ると内部の造作工事、塗装と工程はどんどん進み、中旬になれば壁紙の仕上げにかかっていた。こうなると毎週末に現場にお邪魔するのが楽しみで仕方ない。壁紙は空間ごとにはっきりテーマを決めて選択したのだが、天井用のそれをあえて壁面に使ったり、普通はなかなか選ばれないような柄を取り入れていた。
グッディーホームズの皆さんに「通常はなかなかそういう組合せにはしません」と言われる大胆さで構成した箇所がいくつもある。本来はオプション扱いのところ、標準仕様で1000番台のハイクオリティーな壁紙が選べるキャンペーンをフルに活用したのだ。
選択が吉と出るのか凶と出るのかは蓋を開けてみなければわからないギャンブルであった。しかし、現場で我々が選んだ壁紙が貼られた様子を目にした瞬間に、全ての不安は吹き飛んでしまった。どこを見てまわっても素晴らしいの一言なのだ。そして丁寧な施工には二人とも大満足である。
関さん曰く、「いやー、こういう壁紙があったんですねぇ」。
あったんです!

さて、竣工に先立つこと1月となれば引越しの手配や、住宅の退去申請、ライフラインの移転と手続き諸々が必要である。
後者は簡単なもので、電話一発か簡単な手続きなどで終わってしまう。段取りさえついていればどうってことはない。
問題は前者で、引っ越し業者の手配は時期によって三倍も費用が違う。

小さいながらも一所帯が動くには2トンロングのトラックが必要で、3月の繁忙期には30万円以上にもなる。これが4月上旬を過ぎるとドーンと10万円台にまで落ちる。
この20万円の差は、建築に費やした総費用に比べていかにも小さく思えるが実は重いのだ。
これからお家を建てる方は、是非竣工のタイミングから逆算して着工することをお勧めしたい。今回、過去の引越しではいつもお願いしている数字の入った社名で有名な業者に依頼して、これで準備は万端だ。

カーテンをフルオーダーする場合は、竣工の3週間ほど前には現場採寸が必要だ。
サッシ図と立面図くらいがあれば充分だろうと思っていたのだが、注文住宅の場合はそうもいかないようで、実地に採寸をしないと都合が悪いそうだ。施工を担当して下さったのは逗子オカザキの土屋さんで、小柄な女性のどこにこんなバイタリティーがあるのかと思わせる仕事ぶりに感心しきりである。物腰も非常に丁寧かつ親切で、こういう方であれば安心してお任せできる。
カーテンの寸法やデザイン、素材使いについては事前にかなり細かく詰めていたのだが、壁紙や造作がほぼ仕上がった状態を目の前にすると感じ方が具体的になる。現場採寸というのはそのような最終形を目の前にした、最後の調整の機会でもあるのだ。

電気工事は造作などがかなり進んだ段階で行われる。
このタイミングで照明器具を取り付けるので、米国から取寄せた品物を現場に送る前に数量だけでも確認することにした。一抹の不安があったのだが、こういう悪い予感は大概的中する。
欠品が発覚したのだ。自分のやり方を貫きたければ、微に入り細に入り自ら手を尽くさなくてはならない。他人任せでは決して満足する結果は得られないことを、改めて認識した。

欠品には直ぐに手を打ち、すでに入荷している器具を先に取り付けることにして現場に送っていただいた。照明器具は厳重に梱包されているので、うっかり開梱すると元どおりに収めるのは至難の技であり注意が必要だ。
とりあえず頭数だけを確認し、現物をはじめて目の当たりにしたのは現場である。関さんと我々は荷解きをする度に感嘆の声をあげる。鉄でガッチリと組まれた本体は重厚そのものである。分厚い磨りガラスを彫って模様をつけたシャンデリアの傘も、素晴らしい質感だ。ブラケットは装飾が見事で迫力も充分。とにかく素晴らしい。
一方、輸入品は国産のように精密に加工されていない欠点があり、グッディーホームズは取付けに苦労をされたようだ。途中、国産品に変更するよう申し入れをされたがここで引き下がるわけにはいかない。この照明器具が設置されなければ、我々のsmallen’ goodyの意匠バリューは半減する。
ここを先途と関さんを大いに励まし、グッディーホームズには予定通りに進めてもらった。取り付け工事が多少難航したことから一部の機器に破損が生じたものの、修復等適切に対応していただき、遅れて到着したブラケットライトも含めて希望通りの照明計画が完遂できた。素晴らしい!

リビングの勾配天井は切妻になったドーマーの造作もあり構造が複雑で、関さんと大工さんは施工の現場対応にたいへんご苦労をされたそうだ。起伏の多い表面に珪藻土を含んだ壁紙を貼っていく工程も相当手間がかかったとのことである。その甲斐あって、複雑な凹凸で構成された壁面が織りなす光と影の素晴らしさにはしばし言葉を無くした。まさに思い描いていたような、ライトの明暗が刻む壁面の豊な表情が目の前に現れたのだ。

興奮冷めやらぬまま、転入の手続きをしに休暇をとってのんびり葉山町役場に足を運んだ。ツツジの花が綺麗に咲いている。春らしいポカポカな昼下がりである。遠くから長閑にプロペラ機のエンジン音が聞こえてくる。役場の窓口で新しい住民票と住民向けのずっしり重い大きな封筒を受け取ると、間もなく始まる葉山での新しい生活への思いも強くなる。初夏の訪れと新天地でスタートするこれからの我々のストーリーが、呼吸を合わせて二人三脚でやって来る。そんな実感が深まっていくのである。

さて、竣工の1週間前には心待ちにしていた英国Sanderson社製の素晴らしい生地が航空小包で届いた。3月の中旬過ぎでギリギリのタイミングである。

反物の荷姿で運ばれてきたので素人がバラすわけにもいかず、そのまま施主支給品としてオカザキに転送して早速仕掛っていただいた。鼻血も出ない懐具合ではあるが、綿麻素材の美しいプリント生地を長く楽しむために、裏地もしっかり付けていただくことにした。最後に壁を飾るカーテンは、インテリアのバランスやクオリティを高めもすれば台無しにもすると考えていたので毎日気がかりで仕方がない。取付けは4月10日に予定している引越し当日である。取寄せた輸入家具の搬入日でもあり、新居はこの日に一気に仕上がる格好である。

工期はやや遅れており、施主検査は3月29日、引渡しが3月31日と駆け足だ。施主検査は関さんとマンツーマンで端から端までじっくり確認させていただき、大小併せて50ヶ所の指摘事項が見つかった。中には調整に相当難渋しそうなものも含まれていたが、グッディーホームズはいずれも対応を約束してくれた(実際全てやり遂げてくれた)。

こうして施主そして工務店ともにへとへとになりながらも、我々の双発飛行機は全力を出しきって無事にゴールのパリ上空にたどり着いた。
眼下に見えるのは勿論、それは素敵な素敵な素晴らしい我が家である。

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お客様が書き留める建築日記-その5-【全13話】

この文章は、土地選びから竣工まで、建築当時のお施主様のさまざまな率直な想いを書き留めて下さっていた「建築日記」です。今回は、「華やかなエレガントフレンチ」の奥さまの文章(2011年7月〜2011年11月)をご紹介します。

目次

01|お家が欲しい…(1)

子供の頃、所謂『転勤族の娘』でした。

親の仕事の都合で引越しと転校を繰り返し、住む家はいつも借家。
せっかく仲良しのお友達が出来ても、 数年でまた転校。

当時はそれが辛くて、父親に『私には故郷が無い!』と噛付いたことも、今にして思えば、よくもあんな残酷な言葉を親に向かって吐けたものです。

そんな経験をして育ったせいなのだと思います。
家を持ちたいという願望が若い頃から強かった私。
でもそうそう簡単に、家なんて持てるもんじゃないんだということをこの後思い知らされるのでした…

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02|お家が欲しい…(2)

鎌倉をはじめて訪れたのは学生の頃でした。

海といえば日本海しか知らず、海辺の眺めといえば、漁港かコンビナート群ばかりだと思っていた私です。

サーファーと観光客が群れ成す鎌倉の海岸沿いは衝撃でした。

住みたいと思いました。

一も二もなく。

しかしその時点では只の夢でしかなく、ましてそこに家を建てようとは露ほども思っていませんでした。

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03|お家が欲しい…(3)

結婚して家族と共に鎌倉に住みはじめたとき、実は私の鎌倉暮らしは二度目のリベンジでした。

大学を卒業後社会人としてほんの数年だけ暮らした鎌倉に主人の仕事の都合で再び舞い戻ることが決まったとき、私は臨月でした。
親兄弟はおろか知り合いも誰も居ない土地でのはじめての出産育児に周りの人間が全員反対してもそれでも主人だけを頼りに鎌倉で再び暮らしはじめました。

私は、自分は一生独り身だろうなとなんとなく覚悟していた口です。
結婚はおろか子供を持つことなんて、まるで人生の選択肢の中にありませんでした。

そんな私でさえ、かつて鎌倉で過ごした時分。
山があって海があって、都市の便利さを感じながらも自然を味わうことが出来て、名所名跡が暮らしの中に溶け込んでいるのに、変に堅苦しい気構えがまるで無い。
こんな所で子供を育てられたらどんなにいいだろうと夢見たものです。

その私が何かの手違いのように家族を持ったのですから鎌倉に住む以外は考えられなかったのです。
しかも、ただ住むだけではなく住み着くことが最終目標でした。
転居を繰り返し故郷がないと泣いたあの思いを我が子には決してさせない為にこの地に家を構えることが必要だったのです。

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04|お家探し(1)

家族で鎌倉に暮らしはじめて3年目。
かくして我が家は本格的に住活を開始しました。

しかし、何からはじめたらいいのか見当も付かないのです。
手始めに毎週末山のように入ってくる不動産の折り込みチラシを見てみる…
こんなのは住活とは言いません。
ネットで適当に不動産情報を検索してみる…
埒が明きません。
そりゃあ、出来ることなら注文住宅を建てたい。
しかしその為にはどうしたらいいのか。
土地も持っていないのに住宅会社に問い合わせなんかしていいものなのか。
右も左も何もわからない状態で、ああだこうだと迷っているうちにあっという間に一年が経ちました。

さすがに、これでは何時まで経っても家なんか持てないと思いました。
そこで住活二年目、とりあえず市内の大きな不動産屋を訪ねました。
神奈川県下で手広くやっている大手を何件か訪ね、そこで言われるがままに土地や建売、中古の売物件まで見に行きました。

このとき、上の子は4歳で下の子はまだ産まれて半年を過ぎたかどうかという頃。
自分たちは注文住宅を建てたいから土地を紹介して欲しいと頼んでも、いい建売なんでちょっとついでに見に行きましょう、とか。
築浅の中古なんで試しに内見だけでも、とか。
週末になる度にぐずる子供を連れての物件巡り。
しかも全部がぜんぶ的外れ…
さすがに身体に堪えて体調を崩すこともしばしばでした。

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05|お家探し(2)

遅々として進まない住活のさなか、主人に訊かれたことがありました。

『…じゃあ君はさぁ、どんな家がいいの?』

オレンジ色の瓦屋根に白壁の、所謂プロバンス風の建売を見に行った後のことです。
私のヨーロッパ好きを主人も理解していましたし、私自身もプロバンススタイルのお家で充分満足できると思っていました。

でも違ったんです。

実際にそういうお家を見て、お宅の中に入ってみると、何かが違うなって思ったんです。
この違和感は何だろうと考えたとき、私は自分が学生の頃に行ったイタリアを思い出しました。

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06|お家探し(3)

美術を学んでいた学生時代、冬のイタリアを2ヶ月弱掛けて旅しました。
ローマからミラノまでを北上する旅で、プチホテルやアグリツーリズモを利用しながら、それまで画集や美術書でしか目にすることのなかった巨匠の作品や、世界の至宝と呼ばれる彫刻、世界遺産に名を連ねる建築の数々を観て回りました。

あの時肌で感じたあの感覚。
目にした街並みや人々の暮らし。
きっと自分が求めるものはあれなのだと思いました。
主人には、あまり見せたことのなかった旅の写真を広げて、そんなことをとりとめもなく話しました。

しかし、私も判っていました。
それを遠く離れた日本で手に入れることは容易ではないはず。
それっきり、プロバンス風の建売を不動産屋に断ってからは暫らく私達の住活も休止状態となりました。

お家探しが暗礁に乗り上げ、私がすっかりやる気を無くしていた頃でした。
主人がネットで見つけて資料請求したんだと言って、ある住宅会社のパンフレットを手渡してくれました。

それが、ブルースホームさんでした。

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07|グッディーさんを訪ねて(1)

私たちがグッディーホームズさんの事務所を訪ねたのは、3月11日東日本大震災からまだ10日も経っていなかった頃でした。

震災が起こるほんの数日前に、私たちはようやく自分たちの求める条件に近い土地を見つけていました。

いろいろな事を、悩みました。
私たち夫婦は東北の出身で、実際に私の知り合いは津波による被害で自宅が床上浸水の被害を受けました。
テレビでは毎日目を覆いたくなるような悲惨な現状が報道されているのに、暢気に家探しなどしているばか者は私たち家族だけかもしれないと、罪悪感のようなものまで感じていました。

しかし、子供の就学など諸々の事情を考えると、どうしてもこのタイミングで家探しをするしかないと夫婦で話し合い、かねてから資料を見て興味を持っていたグッディーさんを訪ねてみることにしたのでした。

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08|グッディーさんを訪ねて(2)

グッディーさんを最初に訪ねてまず驚いたことは、スタッフの方が全員女性だったことでした。
そして、私たちを担当してくださった清水さんの、諸々の説明の丁寧さに驚きました。
それまで何軒もの不動産屋を回ってきた私たちです。
土地の購入やローンの組み方など、わからないことだらけのずぶの素人の私たちを、なかには面倒くさい客だとけんもほろろに扱うところもありました。
清水さんの話を聞いて、この人の説明は違うとすぐにわかりました。

話をすすめていくうちに、ここにお世話になりたいなぁと、気持ちが固まっていきました。

このとき私たちが見つけていた土地は、結局縁が無く話は流れてしましたが、これを切っ掛けにグッディーさんと二人三脚で、土地探しからはじめて行くこととなったのです。

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09|土地探し(1)

グッディーさんにお手伝いして貰いながら土地探しを始めて、私たちは改めて鎌倉に土地を持つ事の難しさを目の当たりにしていました。

まず物件の絶対数が少ない。そして、高い。
これに尽きるのです。

何を今更という感じですが、本格的に土地探しをはじめて、改めて私たち家族はこの現実に叩きのめされていました。

グッディーさんと土地探しをはじめて一ヶ月が経った頃でした。
主人がネットで、ある土地を見つけました。
坪数は50坪ちょっとで、二駅利用可能で学校やスーパーも徒歩圏。
価格は相場よりもだいぶお買い得で、そして何より、海まで歩いて遊びに行ける距離でした。
まさに、どんぴしゃでした。
海の近くに住みたいというのは、家作りに尽いて何ひとつわがままを言わない主人のたったひとつの望みでした。

土地の下見に行ったその日は、ひどい雨でした。
同行すると言ってくれたグッディーの清水さんの申し出を、雨が酷いからと私たちは一先ず断って、家族だけで出掛けました。
あの時、彼女に一緒に来てもらっていたら状況は変わっていたかもしれません。

私たちが土地購入の申し込みをしたのは、その二日後。
しかし蓋を開けてみれば、その僅か一日前に他の申し込みが入っていました。
まさにタッチの差で、私たちはようやく見つけた希望に適う土地を買い逃しました。

あの時の主人の落ち込み様は、後にも先にもない程に酷いものでした。
ようやく、ようやく叶うと思った夢が消えて無くなった。
まさにそんな状態でした。
食事もろくに喉を通らず、ありもしない原因をぶつけて夫婦で言い争うばかり。
あまりのショックから立ち直れず、とうとう主人は土地探しを暫らく休みたいとグッディーさんに伝えてしまったのでした。

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10|土地探し(2)

土地探しを暫く休みたい…。

主人からの電話を受けた清水さんは直ぐに私の携帯に連絡をくれました。
私共の力が及ばず、と彼女は何度も謝ってくれましたが、こればかりは誰が悪い訳でもないんです。
土地探しって、本当に運とタイミングなんだと思いました。

このとき主人は本当に1年位土地探しを中止するつもりでいました。
手に入るかも、そう期待しては、やはりダメだったと落胆する。
その気持ちの乱高下に正直私たち夫婦は参っていました。
こんなに辛い思いをするくらいなら一生賃貸暮らしでも構わないから、心穏やかに過ごしたい。
そんな風にメンタル面で弱っていた私たちを、清水さんは的確にサポートしてくれました。

彼女と相談し、私は主人には内緒でグッディーさんと土地探しを進めました。
確かに私自身辛かったですが、家族のこれからのことを考えると、もう待てませんでした。
清水さんは鎌倉市内の在庫物件をもう一度精査して、私たちの希望と予算に適うものを探し直してくれました。
もう二度と買い逃しをするまいと、いつ何時でも現地に付き合ってくれました。
社長さん自ら車を運転して案内してくださったことも。

そうしてひと月程探した頃でした。
ようやく、ここならという土地に再び出会いました。
土地面積も買い逃したあの土地とほぼ同じで、価格も希望に副う程度で纏まりそうだという、売り出し前の土地でした。
閑静な住宅地の一画で、海は直ぐそこでした。
これならばと思った私はここではじめて主人に事情を説明し、その物件の詳細をみせました。
土地探しは中断しているものと思っていた主人は驚いていました。

家族で現地を見に行って辺りを歩いてみて、これならば文句はないだろうという結論に一度は至りました。
主人も納得して、この土地を買おうと心を決めたように見えました。
土地購入など人生初めての経験です。
何か、迷いが残るような気がするのは、初めてのことに動揺しているからだと、今にして思えば、夫婦で無理やり納得しようとしていました。
しかし、冷静になればなる程、やはり気懸かりは消せませんでした。

その土地は、小学校が遠かったのです。
学校に通う為には、交通量の多いうえに歩道の細い幹線道路を、片道2キロ歩かなければなりませんでした。
親のわがままのしわ寄せが、子供に行くようで決心が付きませんでした。
広さと価格と立地を照らし合わせても、他にもあると直ぐに諦められる場所ではありませんでした。

夫婦で何度も話し合い、それでも結論を得られずに居たとき、思わぬ連絡がグッディーさんから入りました。
売り主が、約束していた価格では土地を手放さないと言ってきたというものでした。
がっかりしたというより、私は少し安堵していました。
改めて、土地探しの難しさを実感すると共に、何か気懸かりのある土地を買えば、その先ずっと後悔が残るのかもしれないという結論を得ました。

土地探しは再び振り出しに戻りましたが、私たちはこうやって少しずつ、本当に手に入れるべき土地を見抜く、目のようなものを養っていきました。

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11|土地探し(3)

再び暗礁に乗り上げたように見えた私たちの土地探しでしたが、そこは清水さんが迅速に動いてくださいました。
当時、私たち夫婦は彼女のことを「鉄の女」と呼んでいました。
勿論、悪い意味ではありません。
私たちのようなストライクゾーンの狭い厄介なお客のどんな要望にもへこたれず、なんとか条件に適う物件を探し出してくる。その打たれ強さというか、不屈の精神が、まさに鉄の女と呼ぶに相応しい具合だったのです。

季節は確か、半袖を着はじめた頃だったと思います。
彼女は私達に、モノレール沿線の駅から徒歩2分という物件を紹介してくれました。朝夕はこの湘南地域でも指折のお嬢様校として有名なあの学校の生徒さん達でごった返す駅でした。

閑静な住宅街の一角で、日当たりのいい角地。
文句無しに見えました。しかし、実際現地に行ってみると土地を取り囲んでいる擁壁に難ありでした。昭和2,30年頃の物と思われる苔生した擁壁は、それ自体趣があっていいのだろうけれど、どうも私たちの求めるイメージとは違うような気がする。既存の擁壁を新たに作り直すことは資金的にもほぼ不可能な話で、かと言ってもう悠長に土地探しをしている暇はない。
もう、ここしかないのだと自分達に言い聞かせて決断するべきなのか。それともまた、いつ出てくるか分からない物件情報をストレスを溜めながら待つのか。
またしても私達は煮詰まってしまっていました。

そんな余裕の無い状況を、清水さんは分かってくれていたのでしょう。
グッディーでお家を建てられた他のお客様のお宅にお邪魔してみませんかと、このとき提案してくれたのです。
最近出来上がったばかりのお宅二件と、建築中のお宅一件を案内してくれました。

建築中のお宅は勿論、今現在暮らしてらっしゃるお宅まで見せていただくなんてととても恐縮しましたが、実際にお宅を見せていただけたことはとても貴重な経験でした。
それまで紙の上でイメージするしかなかったものを実際に目にすることが出来るというのは、文字通り百聞は一見に如かずでした。
そして何より、こんな素敵なお家を手に入れる為なんだからもっと頑張らなきゃと、ちょっと落ち込んでいたところに元気をいただけました。
大きなガレージとお子様のお部屋のかわいい小窓がとても印象的だったN様邸、

まるで映画のようなハイセンスなインテリアと風格あるニャンコちゃんが素晴らしかったH様邸、

明るく広々とした吹き抜けのリビングがなんとも居心地が良く、ついついお茶までご馳走になってしまいましたY様邸、

皆様本当にありがとうございました。
この場をお借りしてもう一度お礼を申し上げます。

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12|土地探し(4)

気持ちも新たに、もう暫く土地探しを頑張ろうと決心した頃でした。
本当に降って沸いたように、再び清水さんから土地の話が舞い込みました。

私たちには降って沸いたようでも、本当は彼女が方々手を尽くして探してくれたものだったのでしょう。
結論から言えば、それこそが私たちの探していた土地でした。

雨の中、社長さん自ら案内してくださったその場所は、江ノ島を望む海沿いから程近い、古くからの住宅地でした。
古家付きで解体の必要はあるものの、立地や広さ、環境など、どれを取っても申し分のないものでした。
なによりも、ひと目見てすんなりと「あ、ここだ…」と思えるものがありました。
それまで買い逃しや条件の不一致などで本当に辛い思いをしてきました。しかし、その経験が本当に手に入れるべき土地を見抜く力になりますと、辛抱強く言い続けてくれた清水さんの言葉が、本当だったんだと改めて思いました。

ここに骨を埋めるぞ、と主人が言って、私達はその土地を購入する意思をグッディーさんに伝えました。
不動産業者とのやり取りや金融機関との契約など、はじめて尽くしでちんぷんかんぷんの私たちには、グッディーさんが頼りでした。

土地購入の申し込みをしてから契約に至るまで、気が気でなく何事も上の空の日々が続きましたが、苦労の甲斐あって私達は、8月の終わりにようやく捜し求めた土地を手にすることが出来たのでした。

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13|すてきな誕生日

土地が決まった私達は、早速グッディーさんと家の間取り図面に取り掛かりました。
ようやく、家作りのスタートラインに立てたといった感じでした。

ここに至る以前にも既に、私はお気に入りのインテリア雑誌に付箋を山ほど付けたものをお預けしたり、(しかも1冊や2冊ではなく…)

この映画の主人公が暮らしているアパートメントのインテリアが素敵なんです、と言ってみたり、

この料理研究家の御自宅のキッチンが理想なんです、と言ってみたり、

かなり無理難題をグッディーさんに押し付けていました。

設計士の近藤さんが以前から作ってくれていたラフ案をもとに、キッチンは絶対対面式とか、脱衣所に洗濯機は置きたくないとか、

シューズクロークからそのままスルーで家事室とキッチンに行きたいとか、私のわがままをまるでパズルを組み合わせるように、方眼用紙の上でくるくると組み合わせてくれるんです。

そして最終段階に入って、前々からお話だけは聞いていた、一級建築士の先生が登場されました。

これは私の勝手なイメージというか妄想だったのですが、都内に事務所を構える男性の一級建築士の方と聞いて、某リフォーム番組で冒頭に颯爽と登場するような、モノトーンのおしゃれスーツに首もとにはスカーフの一枚も巻いたりしてる、ロマンスグレーの神経質そうな面長紳士…みたいな方を、本当に勝手に想像してました。

しかし実際打ち合わせに来てくださった浅海先生は、「あ、どうも」と気さくな挨拶がチャーミングな、近所のおじさんといった感じの方。(先生失礼なこと言ってすみません)

この先生が見事なんです。
方眼用紙の上にマジックと修正液を使って、みるみるうちに間取りを描いていくんです。

これが私達の家なんだと思うと、思わず目頭が熱くなりました。
私のわがままを集約して、家のタイプはイタリアネイトになることでまとまりつつありました。

その日はちょうど私の30と数回目の誕生日で、偶然グッディーさんで打ち合わせをしていました。
息子からそれを聞いたらしく、打ち合わせの最後にスタッフの皆さんからハッピーバースデイの歌とかわいいプレゼントをサプライズでいただき、今度こそ本当に泣いてしまいました。

ここ数年であんなに素敵な誕生日はありませんでした。
本当にありがとうございました。

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お客様が書き留める建築日記-その4-【全6話】

この文章は、土地選びから竣工まで、建築当時のお施主様のさまざまな率直な想いを書き留めて下さっていた「建築日記」です。今回は、「プロヴァンスの古民家を夢見て」の奥さまの文章(2011年10月〜2012年3月)をご紹介します。

目次

01|グッディーホームズに出会うまで・・・

建て替えを考え始めたのは、今から約2年前。
私たち夫婦は、築40年の祖母が住んでいた家に暮らしていました。

↑まさに昭和!!って感じの古びたおうち

玄関のモザイクタイルにガラスブロック。
タイル張りのお風呂。
造作の飾り棚に食器棚。
おしゃれに言えば、ミッドセンチュリーな雰囲気たっぷり♪
自分で言うのもなんですが、カリモク60のKチェアがとっても似合っていました。

しかし和室ばっかりで、洋室は1室のみ。
ストーブをつけてもなかなか暖まらず、
すきま風だらけ、冬は外にいるかのような寒さ。

台風が来れば、雨漏りもしてました。
庭も無駄に広くて、手入れも出来ず、夏場の草むしり(主人担当)は、汗だくでした。
住み始めて、一年経ったころには、限界を感じていました。(妻の私だけが・・・。)

古民家好きで、建て替えに乗り気でない主人をよそに、私は気になった工務店、何社からか資料請求を始めました。
ナチュラル系が得意な工務店、自然素材が売りの工務店、いろいろ見て回りましたが、なかなか条件が合わず。
私のイメージする三色瓦の白い塗り壁のおうちを建ててくれそうな工務店がなかなか見つからず、停滞しておりました。

そこで、たまたまご近所に建っている素敵なおうちを思い出し、検索!
施工例を見ると、なんだか私の理想に近い!
さっそく資料請求をして、グッディーさんのお話を伺いに事務所へ行くことになったのです。

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02|理想のおうち part 1

自分の建てたいおうちのイメージ、相手にうまく伝えるのって、けっこう難しいですよね。
同じテイストでも、その中で好き嫌いがあるだろうし。
なので、私は初めて事務所にお伺いする時に、
自分の好きなインテリア雑誌を何冊も持って行きました。

△特に好きな雑誌は、「&home」
ナチュラルなんだけど、カントリーすぎず、かわいすぎず。
私の理想が、いっぱい詰まっている雑誌です。

素敵なおうちのページに付箋を貼って、(20ページ以上あったかも)
「こんなイメージのおうちを建てたい。」と伝えました。
それを見るなり、清水さんは
「この付箋の所、全部コピーとっておいて。」
と、すぐさま社員の方に伝えていました。
このテキパキとした指示、なんだか出来る女な印象を受けました。

そして、清水さんは、私の好きなイメージを見て、丁寧に説明してくださいました。
ブルースホーム(※以前加盟していたフランチャイズ)の標準仕様のままでは、このようなイメージのおうちにすることは出来ませんが、オプションをプラスすることで、私のイメージするおうちにすることは、可能だということでした。

「私たち、グッディーホームズに是非、作らせてください。」
この一言、おうちづくりに対する熱意を感じました。

事務所にある施工例の写真集を見せていただくと、どこも素敵なおうちばかり。
んー、ここなら私の理想のおうち、建ててくれそう。安心して任せられそう。
そんな気持ちになりました。

そして、とりあえず間取りや外観など、考えていただくことになったのです。

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03|理想のおうち part 2

私の理想のおうち。

はじまりは、10年程前。
初めて旅したヨーロッパがフランスでした。
モナコの丘の上から見た街並みは、あまりに素晴らしくて、衝撃的でした。

アメリカやアジアとは、まったく違う街並み。
どこを撮っても絵になるって、まさにこのことなんだーと実感しました。
そして、アヴィニョンの街外れにあるオーベルジュに一泊。

Hotel Auberge de Cassagne Provence

緑に囲まれた中庭には、おしゃれな椅子とテーブルがあり、とても落ち着いた雰囲気でした。

緑の鎧戸が付いた窓に、三色瓦、塗り壁。
お部屋の中もとってもかわいらしかった。

カンヌ、ニースなどのコート・ダジュールを回り、プロヴァンス、エズへ。
南フランスからモンサンミッシェル、パリの周遊コース。
観光地しか行けなかったけれど、どこも素敵な建物ばかりでした。

都会の建物よりも、移動途中の車中から見た小さな村のおうちがもぉーかわいくって。
その素朴な雰囲気に引き込まれました。
まさに、この旅こそが私の理想のおうちの原点となりました。
その後も、何度かヨーロッパを旅する機会がありました。

=イギリスのはちみつ色の街・コッツウォルズ=

ドーマーに煙突。
お庭のグリーンが素敵。

川沿いでのんびり。
心地よい時を過ごせそう。

どこを歩いてもかわいすぎて、絵葉書や絵本の世界のようです。
しかし、こんなおうち、日本じゃ建てられそうもないし。
やはり街並みが統一されてないと、意味が無いわけで。
目の保養に、写真を見るだけかな。

=ドイツのローテンブルグ=

ブルーの鎧戸に木製ドアが、素敵なおうち。

とんがり屋根にアイアンの看板が、印象的。

パステルカラーなのに、下品じゃない。

どれも素敵なんだけど、実際、建てるとなると現実味がわかず。
街並みって大事だわーと、ヨーロッパを旅すると思ってしまいます。

そしていろいろ、家づくりのことを考え出して、現実的に一番建てられそうなのが南欧風のおうちなのかな、と思うようになりました。
一番好きな雰囲気だし、これなら日本でも建てられそう。

そんなわけで、
私の理想のおうち、決定です。

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04|理想と現実

間取りと外観。
かーなり悩みました。
やっぱり理想は

=外国のお家=

とんがり屋根に煙突とドーマーがあって窓の両側には鎧戸が付いていて。
リビングには暖炉があって、マントルピースの上には、おしゃれな小物を飾る。

格子窓からの素敵な景色。

広いリビングにある両開きドアを開ければ、素敵なお庭が広がってる

妄想は、無限に広がります・・・。

=現実=

小さい子供がいる我が家に暖炉やら薪ストーブなんて設置出来るわけもなく、薪の入手もメンテナンスも大変みたいだし。

両開きドアも、見た目はおしゃれだけど、コストが高い。
経年変化で開きにくくなったりするらしく、途中まで採用しようと思っていましたが、断念。

ドーマーも造作費用が高く。。。断念。

=屋根の形=

これが一番悩みました。

切妻が好きだったのですが、北側斜線規制というものがあり、とんがり屋根がひっかかる。

なかなか理想の間取りと外観にならず。
何度も何度も図面を書きなおしてもらいました。
そこで、寄棟の間取りも考えていただいたのですが、なんだかやっぱり自分のイメージと違う。せっかく考えていただいたのに、申し訳なかったです。

いろいろ悩んだ末に、やっぱり切妻に決定!

優柔不断な性格で、グッディーさんには、大変ご迷惑おかけしました。
(上棟後の現在もですが・・・。)

上棟しました❤️

=間取り完成=

我が家は建替だったので、日当たりや外からの目線を考えた窓の位置などをある程度は、住んでいる中で把握していました。
なので間取りは、自分の中で考えていたものがあったので、それをもとに図面にしていただきました。

占いは、ぜんぜん信じないし、輸入住宅を建てるくせに、風水やら家相やらが気になってしまい、それもまた大変でした。
最後は、ぜんぜん気にする余裕がなくなってましたが。

毎回、子連れで騒がしい環境の中での打ち合わせを乗り越えて、やっと納得のいく間取りと外観が完成したのです 。

その頃、他の工務店の完成見学会にも、参加していたのですが、室内の雰囲気は理想的なのですが、設備的には、ちょっと・・・
自分の求めているものとは、違っていて金額的に納得がいかず。

最終的にはグッディーさんでの見積もりに納得し、契約に至りました。

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05|はじまりました。

==解体工事==

引越しもなんとか終了し、いよいよ古屋の解体が始まりました。
古くて古くて文句ばっかり言ってたけれど、たくさんの思い出が詰まったおうちです。
祖母や祖父と過ごした幼い日の思い出。

結婚して、家族が出来て初めて過ごしたおうち。。
こうして壊されていく姿を見ていると、ちょっぴり切なくなっちゃいます。

※約一週間後はあっという間に更地!

解体工事は、約一週間で終了。
あんなに植木がいっぱいだったのに、更地になるのは、あっという間なのですねー。

==地鎮祭==

子連れ地鎮祭、なかなか大変ですね。
これから住むおうちの為の大切な行事だし、家族全員参加で、と思っていたものの、
神主さんの神様を呼ぶ
『ウ~~~~』の声に、娘が反応し、泣き出しました。
落ちていた葉っぱで、なんとかなだめ、無事終了。

小さい子には、あの声、少し怖いかもしれないです。(神主さま、ごめんなさい。)


==地盤調査==

心配していた地盤改良は、見事に合格!

「地盤改良なし!」

これは、嬉しかったです。

==基礎工事==

地盤改良の必要が無かった為、工事は、どんどん進んでいきます。
グッディーさんは、仕事が早いですよー。
基礎の段階で、やっと間取りっぽい形が見えてきます。
基礎だけで見ると、なんだかすんごーく狭い家に見えてしまい、
リビング狭すぎ?
大丈夫なの?
と心配になりました。

==フレーミング工事==

しばらく現場に行く機会がなく、久々に見に行くと家の一階部分が、出来てました!

嬉しいー!

当たり前だけど、玄関から一歩踏み出した瞬間、図面通りの家が出来ていて感動でした!

==上棟打合せ==

いよいよこの日を迎えることが、出来ました!
柱と壁が出来、だいぶ家らしくなってきました。
心配していた広さも、何の問題もなく。
適度な広さに感じました。立体になると変わるんですね。

△頑張りました♪
鏡やフックなどの為の下地の位置や、スイッチやコンセントの位置など細かく決める上棟打合せですが、当初、2〜3時間程かかると聞いていました。
なんと我が家は、5時間もかかってしまいました。

私の優柔不断が原因?悩み過ぎでしょうか?
長時間、お付き合いいただきました近藤さん、越智さん、田中紀子さん、本当にありがとうございました。

施主の私達以上に、真剣に悩み、アドバイスをして下さる姿は、家作りに、対する情熱を感じました。
グッディーさんに、お願いして本当に良かった!と再認識した日でした。
正直、ここまで細かく決める事がある、決める事が出来るなんて思わなかったです。
グッディーさんで、建築される方は、本物の注文住宅が出来るはずですねー。

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06|我が家の施主支給

=こだわり仕様?自己満仕様?=

我が家の施主支給

建替えすることが決まって、絶対に採用したかったのが、こちら

=アメリカンスイッチ=

ナチュラル系のおうちブログで、何度も見ていていつか自分のおうちにもつけたいと、ずっと憧れていました。
そしてやっと念願叶いました♪

日本製の普通のスイッチに比べたら、壊れやすいかもしれないし、子供にとっては、使いづらいのかもしれないけれど、そんなことは、一切関係なく。

見た目重視。

スイッチ部分のON/OFF表示がたまらなくかわいい。
プレート部分もプラスチックなど、いろいろ種類があるようですが、我が家では陶器を採用してみました。

=陶器丸型スイッチ=

こちらもよくおしゃれなおうちブログや雑誌で見かけてました。
このぽってり感が、素敵すぎます。

アンティークだと少し不安がありますが、こちらはちゃんと現行物。

新品です。

けど、やっぱり壊れたら不安なので、使用頻度の少ない所に採用しました。
壊れても普通のスイッチには、戻せないそうなので、注意と多少の勇気が必要ですね。

そして、我が家のこだわり仕様は、

「施主支給の室内ドアです。」

アンティークドアも素敵なのですが、大きさやダメージに不安があり、状態の良いものは、やっぱりお高い!
なので新品のドアを採用することにしました。

こちらのお店でオーダーしました。けっこういろんな種類のドアがあります。
Wood Session
http://www.wood-session.com/

雑誌で見る素敵なおうちには、必ずステンドガラス入りのドアや、フローラガラスのドアがありました。何度も見てるうちに、どーしても、チェッカーガラスやフローラガラスの入ったドアを使いたい、と思ってしまい、採用しました。

もっと予算があれば、他のおしゃれなガラス達を子供部屋に使ってみたかった。
我が家では、1階のみが限界でした。
それなりにお値段してしまいますが、こだわって良かったです。
これからこの素敵なドア達と共に生活出来ると思ったら、安いもんです。

ちなみに、ドアノブだけは、ブルースホームさんで注文させて頂きました。
そんなことも出来ちゃうのです。すごいですよねー。
憧れのガラスノブのEMTEKやkwiksetがネット購入よりお安く手に入りました。

近頃、定番化?している壁埋めこみのステンドグラス。

必ず一箇所は、やってみたかった。
こちらのショップで購入しました。
Wellington
http://wellington-antique.com/

雑誌にも、多々載っているのでご存知の方も多いかと思いますが。
こちらのショップは、新入荷もかなり頻繁にあります。
お気に入りを見つける為には、こまめにサイトチェックが必要です。
アンティークのステンドグラスの数は、すごいです!
すべて見ること出来ない位の在庫数があります。
大きさも様々あります。

アンティークの家具なども扱っていて、アーコール社のチェアが気になってます。
これからもちょくちょくチェックしていきたいショップですね。

そんなわけで、長々と我が家の自己満仕様についてお話しさせて頂きました。
グッディーさんで建てるといろんなこだわりの

施主支給も可能です。

ってことが皆様に伝わればいいな、と思います。

最初は、全国規模のフランチャイズの工務店で、施主支給なんて無理だろうなーと思っていました。しかし、いろいろワガママを聞いていただき、こだわりのマイホームが完成しました!

グッディーのスタッフの皆様、本当にありがとうございます。
そして、これからも宜しくお願い致します。

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お客様が書き留める建築日記 -その3-【全14話】

この文章は、土地選びから竣工まで、建築当時のお施主様のさまざまな率直な想いを書き留めて下さっていた「建築日記」です。今回は、「800年の時を経て」の奥さまの文章(2011年6月〜2012年4月)をご紹介します。

目次

01|第1話「地鎮祭の日に風を感じて」

はじめに

神は乗り越えられない試練はお与えにならない

今人気のテレビドラマで主人公の仁が窮地に陥った時いつも言う言葉です。今回の家作りで私たちも何度かこの台詞を漏らしました。
そして、試練を乗り越えてようやく6月9日に着工できる事になりました。

ここに至りましたのもグッディーホームの皆様は言うまでもなく私達を心配して下さり、アドバイスをいただいた沢山の方々のお陰だと思っています。皆様への感謝の気持ちと家作りという私達にとりましては大きなプロジェクトの記録を形に残すためこのブログを書かせていただきます。

地鎮祭の日に 千の風になって

2010年12月12日、大安の日曜日
目覚めると朝日が輝き、ベランダからは富士山がくっきりと見えました。

11時から始まる地鎮祭にはもってこいのお天気です。
知らず知らずのうちに笑みがわいてきます。
私たち夫婦と次男は時間に余裕を見てかなり早めに仮住まいしている川越のマンションを車で出発しました。

「やっとこの日を迎えられる やっとここまでこぎつけた」

大変だったいろいろな事が蘇ります。

長年住み慣れた我が家とのお別れに少しセンチメンタルになりながらも、慌ただしく仮住まいに引越しました。20日ぶりに訪れる鎌倉の懐かしい場所は、すっかり更地になっているはずです。三人三様の思いを胸に関越を爽快に走り環八に出たところで、突然渋滞が始まり全然動かなくなりました。
事故かしら?いったい何があったのかしら?

普段から混む場所なので覚悟はしていました。
しかし、想定外のひどい渋滞に理由が分からないままに時間はどんどん過ぎていきます。それでもノロノロ動き始めようやく訳が分かりました。今流行の市民マラソン大会が催されていたのです。
これではせっかくの地鎮祭に間に合うことができるのでしょうか?

菊江さんに連絡をとると「神主さんは午後からも仕事が入っていて、少しでも遅れるとそれが終わった後になります」との事。

始めから遅れるのは気分が悪いと、漸く渋滞を抜け出し何時もは安全運転の主人がフルスピードで高速を飛ばしに飛ばし心配顔の社長さん、菊江さん、田中さん、神主さんにお会いすることができたのは、なんと11時の3分前でした。滑り込みセーフです。

「まるで計算して時間を計られたかのような登場をなさいました。」と、菊江さんらしいお褒めの言葉をいただいて地鎮祭は始まりました。

そして、このドタバタがこれから起きる事のプロローグだとは、その時はだれも気付かなかったのです。

更地になって随分雰囲気が変わり、なんだか広く感じます。
試行錯誤を重ねに重ね、清水設計さんとグッディーさんの皆さんと考え抜いた家、図面上で見慣れた家。その家がここに建っている姿を想像するとドキドキしてきます。

いよいよ地鎮祭が始まります。
儀式に則った神主さんの所作は、ありがたくとてもすがすがしい気持ちにさせてくれます。

そして祝詞が始まったその時、なんと上空に一陣の風がおこり私たちの上を一巡りして去っていきました。まるで漫画のような現象にその時大げさかもしれませんが、人知を超えた何かを感じました。

さて、この風の意味するものはいったいなんだったのでしょうか……

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02|第2話「千の風になってオパが来た!」

地鎮祭で風を感じた時、

オパだ、オパが来た!

イベントが大好きなオパが両頬にエクボを浮かべた顔で上空から参加しているんだと思いました。

我が家から北の方角を見ると小高い山の中腹にS観音の社が見えます。

オパは自分と同じ名前のS観音にー愛火不滅ーと自分で書いた字を彫ってもらったお墓を建てました。そこに今オパは眠っています。
「地上が騒がしいぞ!うちの方角じゃあないか!何事かな?」と、風になって見に来たんだな…と思いました。

主人の父は、若い頃ドイツに住んでいました。それで私達はオパ(ドイツ語でお爺ちゃんという意味の幼児語)と彼をよんでいました。
オパは出会った人を幸せにするとびっきりの笑顔の持ち主でした。
一瞬でみんなオパの事が大好きになります。
私が初めてオパに会った時はもう本当のお爺さんでした。と言うのも主人はオパが50歳を過ぎてから持った子供だったからです。

戦後数年経ってオパはここに家を建てました。その母屋を私達が増築して二世帯住宅にしました。そんな新旧入り交じった家でした。
60年近く経った母屋は台風で屋根がやられ雨漏りが始まりました。床下をチェックしてもらったらシロアリも住み着いていました。昨年の春には、母屋の床下の隙間からハクビシンの仲の良いカップルが入ってきて、我が家がフォンテッドハウスの様になりました。この時追い出しをお願いしたのですがハクビシンバスターズなる職業がある事を初めて知りました。

私達が建てた部分は、母屋より新しいだけに致命的な傷みは無く、その後もトーヨーキッチンを入れてリフォームしたりと、手を加えていたので壊すには偲びない思いがありました。

それで、最初は母屋のリフォームをしようと数件の業者に相談し見積もってもらいました。その結果はビックリするほどの金額を提示され、無駄な部屋も沢山出来てしまいます。しかも、幾らお金をかけても基礎や気密性は今の新築の家に及びもつかない事を知りました。

主人が育った家 私達が結婚して二人の男の子を育てた思い出一杯の家(居間の入り口の柱には二人の成長の記録が刻まれていました)
その家ももう悲鳴をあげています。
何とかしなくては……..

そして 私達はこれから先も此処から離れたくなくて、建替えを決心したのです。

オパのノート

引っ越しの為の荷物の大整理が始まりました。母屋で働いているとオパの思い出の品がザックザック出てきます。興味深い物が沢山あり仕事がなかなかはかどりません。
その時、主人が一冊のノートを見つけました。
見覚えのあるノートでそこに晩年オパが何やら一生懸命書き込んでいたのを思い出しました。表紙には(私の一生)とタイトルが書かれています。主人と私は、引き込まれるように読み始めました。あの穏やかなオパの若かりし日々がよみがえります。

映画かドラマであれば、多分ここからオパの回想シーンが始まるはずです。

なんと言う人生でしょう!
なんと情熱的な人だったのでしょう!
私達は素晴らしい宝物を見つけたのでした。

家の事と平行して、少しずつオパの事も書いてゆきます。

それと、地鎮祭に風になってやってきたのはオパだけではなかった事も……….

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03|第3話「オパのノートから」

建築日記からは、外れてしまいますが、我が家が無事に完成しますように、その後も皆幸せに暮らせますようにとの願いを込めて、S観音から見守っていてくれるであろうオパのことを書きます。

オパのノート

少し癖のある字で、書かれたノートには、20世紀の前半の戦争をはさんだ激動の時代を情熱を持って必死で生き抜いた半生が淡々と書き込まれていました。
ここでは、長くなりますので、あらすじ程度に書きます。

1900年に佐渡で産まれたオパは、東京で大学生活を送っていました。 当時は政府による思想の弾圧が激しくそんな日本に嫌気がさし、海外で勉強しようとイギリスに渡りました。長い長い船旅を経て着いたロンドンでの生活はそれこそ大変過酷なものでした。流石に向こう見ずで無鉄砲な渡航だったと身を持って思い知ったようです。親は渡航費用を出すのがやっとでした。

こんな事では、欧州まで来た意味がないと悶々とした日々を過ごしていた時にチャンスがきました。学費免除の留学生としてドイツで勉強出来る制度があり、その面接試験を薦められて受ける事になりました。そして、ヨーロッパに駐在している政府や経済界のお歴々の前で面接試験を受け、留学生としてドイツで勉強出来る事になりました。反発していた体制側に結局は組し抱かれる事になってしまいました。幾多の葛藤の末の決心だったと想像されます。
その時の様子を 「絶対に負けてはならないと試験官の目を見据えて臨んだ。」と書かれています。

はれてハンブルク大学に入学し、そこで勉強に明け暮れる毎日が始まりました。数年間の血の滲む様な努力の末、経済学の博士号(ドクトル)を獲得しました。教授会で博士号が決まった日は彼の生涯で最高の日でした。
日本人の青年がドクトルの称号を得たことは当時の新聞にも載り、その新聞もたいせつに保管されています。その後も、亡くなる迄その日をドクトル記念日と称して一年で何よりも大切な記念日にしていました。

ドイツではドクトルの称号を持っていると、日本では考えられないほど尊敬の念を持たれると言う事です。
かくして、佐渡出身の笑顔がチャーミングな青年は恋をも獲得するのです。
下宿をしていた家のお嬢さんのヨハナさんはノーブルな顔立ちの本当に美しい人でした。勉強の合間にちゃっかり恋もしていたのです。博士号獲得でヨハナさんの親も認め、めでたく結婚しました。それにしましても、当時のドイツで東洋の青年との結婚を許すとはオパの人柄もさる事ながらドクトルの威力はたいしたものでした。

この時、人生の全盛期を迎えます。
ハンブルクの高級住宅地の一画のアグネスシュトラッセに居を構えます。二人でお洒落なニッカボッカを履いてアルプスでスキーをしていたり、フロックコートにシルクハットで正装しベンツに乗り込む姿などの写真も出てきました。

しかし、第二次世界大戦の嵐が吹き荒れそれも長くは続きませんでした。
敗戦国となったドイツと日本です。
日本に引き揚げる事を決心した二人はヨハナさんの両親に別れを告げに行きますが、最後までとうとうその事を言い出せずにいたそうです。その夜、あたふたとつてを頼りにシベリア鉄道に乗り込みました。
そこを読むと、
「ヨハナさんは祖国を去り日本について行くなんて本当にオバを愛していたのだ」と涙が出てきます。
ドイツで得た全ての財産を投げ打って二人の逃避行が始まりました。危険な目にあいそうな事も一杯ありました。その下りになりますと、無事に帰国した事を知っているのに、ハラハラドキドキしてしまいます。

なんとか二人で無事日本に到着しました。
敗戦後の日本でヨハナさんの為に、職を探しました。そして、社宅として外国人の奥さんの為にと鎌倉の洋館を与えられ鎌倉での生活が始まりました。今は取り壊されて、女子校の分校になっています。

やっと日本での生活も軌道にのり始めた矢先に、慣れない異国での生活と疲れが出たのか、ヨハナさんは体調を壊してしまいました。最新の医療を受けさせようと慶応病院に入院させるもあっけなく亡くなってしまったのです。

ヨハナさんとの間には子供はなく、落胆し、憔悴したオパを見るにみかねて、知人が同郷の女性を紹介しました。20歳年下のその女性とは、故郷を同じくすると言う事で話しが合い再婚する事になりました。その女性が主人の母です。

そうして、鎌倉で家を建て第三の人生が始まるのです。
戦中戦後の混乱の時代を生き抜いてきた二人は、穏やかにお互いをいたわり合いながら生活していました。私など計り知れませんがヨハナさんのときとは違った静かな愛を築いていたのでしょう。

オパのノートと共に沢山の写真や蔵書 資料が出てきました。これはヨハナさん亡き後も親戚付き合いをしていた弟のヘルマンさんがドイツで保管していてくれたものです
今は仮住まいの為に出てきた写真は全て倉庫に入っています。掲載出来ないのが残念です。いずれ、主人が時間が出来た時にこれを元にオパの事を詳しく調べる事でしょう。

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04|第4話「オパの家」

ドイツの家

こうして、鎌倉で生まれ育った主人は、すくすく育ち大学生になりました。ヨハナさんの弟のヘルマンさんとは、その後も親戚付き合いを続けていました。そのヘルマンさんのお宅に大学生になった主人が夏休みの2ヶ月間ホームステイをしていた時の話です。

第3話で書いたように、ドイツで全盛期を迎えた頃オパはハンブルクの高級住宅街でヨハナさんと新婚生活を送っていました。住所を頼りにその家を見に行ったそうです。何十年も過ぎているのに、外観は、オパが自慢げに話していたそのままの様子で驚いたそうです。しかし人手に渡っていて、全く知らない人が住んでいるのでベルを鳴らす勇気はなく、開け放されたパノラマウィンドウにかかったレースのカーテンが風に揺れるのを在りし日の二人に思いを馳せて、感慨深くいつ迄も見ていたそうです。

ハンブルクの家は何年もの時に耐え、今もずっしりと建っています。
上の写真は、2011年6月30日現在の家です。外壁の色は茶色から白に塗り変えられているとの事ですが、そのままの姿で現役で頑張っている事に、主人と二人で本当に驚き驚嘆しました。日本の家もこうあるべきですね。

その時、ヘルマンさんに連れられて親戚のドイツ人のお宅に挨拶に伺うと、どちらに伺ってもまず家の中をくまなく披露してくれるそうです。主人に対して親愛の情を表す意味もありますが、大げさに言うと、彼らにとって家を見せる事は自分の人生を知ってもらう事でもあるのです。自分を表現する為に綺麗に飾った部屋を皆誇らしげにハウスツアーしてくれるそうです。

社長さんや菊江さんに案内していただいて、オープンハウスに伺った時のオーナーの皆様のお顔にも自分の家を愛してる誇りをいつも感じます。
グッディーさんと創る家は、隅々迄自分の思いが入っています。
私もきっと、誇りを持って訪れる方々を案内するのだろうと今からその絵がうかんできます。
本当に楽しみです。

リーゼロッテさん

ヘルマンさんの奥さんのリーゼロッテさんはキッチンが汚れる事を、嫌い決して揚げ物はせずその他のお料理もいたってシンプルだったらしいです。でも、テーブルセッティングは完璧でノリのきいたテーブルクロスで毎回ビシッと決めていて、時には、エルベ川が良く見えるバルコニーにセッティングして行きかう船をみながら、ゆっくりと昼食を楽しんだそうです。
文化の違いでしょうか、私なら揚げ物は厭わないけどクロスの洗濯とアイロンがけを毎回するなんてとても無理な話です。

鎌倉に建てたオパの家

建て替えの為に壊してしまった母屋はボロボロ ガタガタになってしまいましたが、庶民が輸入品など高価で買えない時代に、日本で手に入る建材を駆使してなんとかドイツ風にしようとした工夫が色々ありました。

例えば、居間にレンガをアーチ型に積み上げて上に大理石を置いたマントルピースを創りました。残念ながら薪をくべるマントルピースは断念して、中にガスストーブを入れて使っていました。これは、建築後数年過ぎてから思いついて造ったらしく、当時マントルピースなど造った事のない職人さんに「ああでもないこうでもない」とうるさく指示し、「いったい何が出来るのだろうか?」と不思議に思って見ていたことが主人の幼い記憶に残っているそうです。

居間の天井はブルースホームのオールドプロバンスの家でよく見られるのととても似ていました。焦げ茶色の装飾梁が何本か入っていて、他の部分は漆喰でぬられていました。

玄関のタイルは黒と薄いレンガ色の市松模様でした。

この家で育った主人はブルースホームの家に入った時に郷愁を感じ、他のハウスメーカーにはない何かを肌で感じたようです。インターネットで居ながらにして世界中の建材を買う事ができる現代にオパが生きていて、グッディーさんと知り合ったならいったいどんな家を建てるのでしょうか?ちょっと、気になります。
グッディーさんならとても面白がって、一生懸命力になって下さることでしょう!

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05|第5話「我が家の守り神達」

鎌倉でのオパ

オパは1900年に新潟県佐渡で生まれ、1992年に92歳で鎌倉で亡くなりました。
人生のちょうど半分を鎌倉で過ごした事になります。

この家で、私の知っているオパはドイツ語の本を読んでいたり翻訳を頼まれて、アンティークにしか見えないタイプライターを使って仕事をしていました。

お天気のいい日は、ユニークなサングラスをかけてガーデーナーの衣裳に身を包み庭仕事に精を出していました。何ごとを始めるのもまず格好を決めてから入っていた様です。そして、いつも帽子でお洒落してステッキを片手に決まった時間に散歩に出かけていました。

まさに 晴耕雨読の穏やかな生活を過ごしていました。

ドイツでの生活がメラメラと情熱の限りを尽くした炎の日々だとしたら、鎌倉での生活は残り火がゆっくり暖かさを保っているような全ての欲を捨て去った質素ながら規律正しい静かな日々でした。

孫娘のような年の私が好奇心一杯で聞いているのが面白いのか、血のつながりの無い気安さからか、ドイツでの面白いエピソードをお茶を飲みながら良く話してくれました。後で分かったのですが、私にしか話していない事もありました。

ドイツの事を話す時のオパの顔は生き生きと輝いていました。話し疲れると決まって「ジャジャンジャン!続きは後のお楽しみ!老兵は黙って立ち去るのみ」と言って部屋に戻ったものです。

孫の顔が見たいなどと 私に一言も言わなかったのに、電話で無事男の子が生まれた事を知らせた時、嬉しくて有難うと何度も言う声が最後は泣き声になっていたそうです。

名前にオパの一字を貰ったその長男は、今イギリスに駐在しています。オパが最初に渡ったロンドンで仕事に励んでいます。彼が選んだお相手はまるでオパを女性にしたような娘で(日本人です)キャリアを捨てて赴任先について行ってくれたかと思うとロンドン大学の大学院に合格し勉強に励んでいるそうです。

ロンドンの自宅前で長男夫婦

今年社会人になった次男はオパに似た芯の強さと根性で自分の道を歩んでいます。思い込んだら突き進む気性はオパに一番似ています。

私がオパの事を、このブログで一杯書きました。それを読んで主人が「親父の事を、こんな風に書いてくれてありがとう」と、目を潤ませて言ってくれました。その横顔が最近オパにとても似てきました。

余生のはずのオパの第三の人生がこの様に脈々と続いていて、同じ場所を私達が終の住処にしようと改築した事をきっと喜んでくれていると思います。そして、この新居が、子供達が疲れた時やってきて心から安らげるオアシスになってくれたらこんな嬉しい事はありません。

いにしえからの守り神

ブルースホームはしっかりした信用のおける会社なので、地盤調査が必須条件として組み込まれています。

「建て替えの場合は前の家の重みがかかっているので、おそらく地盤改良は必要ないでしょう」

と、言って頂いていました。
楽観的な私達は、予算に組み込まれている地盤改良費が浮いた時のお金の使い道をあれこれ考えてさえいました。

圧力をかけて何回転で地中を進むかで、土地の堅さを把握する、スウェーデン式地盤調査法を用いての調査が早速行われました。

地鎮祭から数日後、速報がメールで送られてきました。結果は、軟弱地盤で改良の必要ありでした。

Oh my God!

例えば、人数より一つ足りないケーキをじゃんけんして負けて自分だけ食べられなかった時の様な、くじ運の悪さを感じました。鋼管杭を40本も打ち込む大工事になるとの事で、その後見積がきて、ケーキを食べ損ねたどころではなくなりました。予算どりの約倍の金額でした。
「今乗っている車を乗りつぶすまで乗って買い換えを我慢しましょう」と、言い聞かせてやっと気持ちが落ち着きました。
しかし、神が与えた試練はそれだけではなかったのです。

地鎮祭に感じた風は、オパと共に名も知らぬいにしえの武士達も混じっていた事を、その後知る事になります。

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06|第6話「お宝がでたぞ〜」

改築の落とし穴

どちらにお住まいですか。
「鎌倉です。」
「わ~!いい所ですね」

決まり文句の様に言われます。

実際に、歴史があるのに海にも近く 自然も残っています。その上、垢抜けたイメージがあり、ご近所さんも素敵な方ばかりです。嫌な事といえば、休日やベストシーズンは車で出かけられないほど混雑する事でしょうか。
しかし、この憧れの鎌倉で改築するのは容易な事ではなく、ポッカリと落し穴が大きな口を開けていたのです。

軟弱地盤と判明し、地盤改良で鋼管杭を8~10mの深さまで40本打ち込むプランが出ました。

改良工事はこんなイメージです。これでは遺跡はグチャグチャになってしまいますね。

ここで問題になったのは文化財保護法の存在です。歴史的埋蔵物が埋まっている可能性の有る地域(周知の埋蔵文化財包蔵地)では、地中60㎝以上掘り起こす工事をする場合は、鎌倉市教育委員会生涯学習部文化財課に申請し許可を得なくてはなりません。

そうです。
地盤改良をしなくてすむのなら、何ら問題はなかったのです。

地鎮祭のあとの地盤調査で軟弱地盤とわかってからの改良方法のプランニングと見積で12月はあっという間に過ぎ、ここからは、施主の出番との事で年明け早々に何とかスムーズに許可を得ようと私は気合いを入れて、文化財保存課の窓口に立ちました。
父が建てるまでは畑だった事を強調しましたが、お役所の決まり文句を並べられて2月1日に試掘をする事になりました。
試掘の結果で発掘調査が必要か否かが分かります。

試掘の日

ピリピリと肌を刺す様な冷たい日でした。9時半から始まる試掘の立会いの為、早朝に川越を出発しました。ランダムに場所を決め、2×3mの面積を手掘りするそうです。

市役所の職員と教育委員会から一人チェックに来ている他は、何と高齢者事業団から派遣された方達がスコップやツルハシを持って集まっていました。凍て付く様な季節の朝、吐く息が真っ白になり地表も凍りついてカチンカチンになっていて、とても辛そうで見てはいられません。
私は用があり、その場を立ち去りましたが主人はずっと立ち合っていました。
お昼頃でしょうか、私の携帯電話がなりました。

「お宝が、でた~」

と主人は絶句しています。

「じょ 冗談でしょ」

現場に行ってみると、信じられない光景が。
40センチほど掘った処で素焼きの食器がビニール袋に三袋もでてきて、中世の家の礎石もバッチリ見えます。

「鎌倉時代の後の戦国時代の武士の家の跡です。この黒くなっている地層は台所で煮たきをした炭の跡です。Sさんのところは、比較的浅い場所からでてきて時代時代の層も凄くハッキリでています。鎌倉時代にも、建物があった可能性があります。」

と教育委員会から派遣された方が説明して下いました。

「お百姓さんではなくて ぶっ武士ですか?」

「はい、この辺だと上杉家ゆかりの武士(謙信の祖先)だと思います。礎石に鎌倉石が使われているので、多分その家来の家でしょう」

なんとなんと、中世の武士達がこの場所で、酒盛りして煮たきをし暮らしていたんだ。一体どんな風景だったんでしょう!

現実を忘れ、一瞬いにしえにロマンを感じてボーとしてしまいました。

素焼きの器は戦いに行く前に勝利を祈って飲む使い捨ての杯で比較的沢山出土されているという事です。

しかしそんな悠長なことを言っていられない現実に直面することになるのです。
1週間後、正式に発掘調査が必要との連絡がありました。市の予算で発掘調査をする場合は、9ヶ月のウェイティングの後、調査期間は約3ヶ月かかるらしいのです。

なんと、更地にしてから1年以上も、着工出来ないのです~

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07|発掘調査

調査の内容

発掘調査が必要と電話で伝えてきた役所の女性職員の説明は淡々と続きます。

「市が発掘調査する場合は、9ヶ月のウェイティングの後調査期間は約3ヶ月です。市が負担するのは調査費用のみで、養生60センチの深さまでの掘削 埋め戻し、電気、水道代は施主様の負担になります。早く着工なさりたいのなら自己負担で民間の調査会社に依頼なさる方法もあります。」

と言われて、絶句!

「調査など、なにも望んでいない私たちが何故そこまで犠牲を強いられるのか」と反論し、「他の方は大人しく受け入れられるのですか?」と尋ねたところ、「いいえ、殆どの方が怒ってしまわれますね。大変です。」

との返事。彼女は、伝達する事が仕事の一環なのです。何を言っても始まらないと悟りました。

一応民間の調査会社に発掘調査の見積を出してもらったら、またまた、かなりまとまった金額が飛んで行きます。もし重要な遺跡などが出てきたら、幾らかかるかは分からないとの事。結局、9ヶ月待っても市にお願いするしかありません。
因みに出てきた埋蔵物は神奈川県の所有物になります。これでは、[なんでも鑑定団]に出演する事も出来ません。

釈然としません

この地域で地盤改良をしていた家がありました。それなのに発掘調査をしていた記憶はありません。「何も出なかったんだ!」試掘の結果を役所に聞いてみました。調べてくれたところ届けをせずに地盤改良した事が分かりました。

届けなければどうなるのでしょうか?その回答です。

①建築後なら何のお咎めもなし
②地盤改良が終わった後なら、責任者を役所に呼んで書面での注意。其の後工事を続行できます。資格剥奪とかの権限はこの条例にはありません
③掘り返している時に発覚した場合は、工事は即ストップになり試掘から始める。

鎌倉の方は、発掘調査の事をご存知なので申請しないで地盤改良などしていると通報して下さる事もよくあります。

なんか、釈然としません

大勢の周りの人達が色々アドバイスしてくれました。鎌倉に住む人達は多かれ少なかれ発掘調査を気にかけています。この条例について知らない人も話を聞くと、怒りだしてくれました。
中には、市長に談判してあげると電話をしようとしてくれた人もいました。皆さん、私たちの事を心配して下さいました。

清潔さ正直さ遵法精神、それは大切な事だと思っていました。しかし、その正直さが今回ばかりは、裏目にでてしまったのではないかと嫌な考えが浮かんだりしました。

グッディーさんが発掘調査に引っかかったのは、初めてだそうです。しかも、この件に関しては全て施主サイドで解決しなくてはならないという取り決めでした。

いつもは、元気な私が2ヶ月ほど、微熱が下がらず心身共に落ち込んで、もんもんとした、くらーい日々を送っていました。

その間、主人は何度か役所に出向き、何とか解決の糸口を見つけられないかと画策していました。彼の意見は常に、首尾一貫していました。一点の曇りもなく新居に晴れ晴れとした気持ちで住みたい、まさにグッディー方式の正攻法です。

しかし当事者になって考えてみて下さい。
今まで、住んでいた家は取り壊されて跡形もありません。半年間の我慢だとおもっていた不自由な仮住まい暮らしが1年半を超えてしまいます。倉庫には、家財道具の殆どを預けています。長引けば長引くほどにかさむ費用は、ばかにならない額です。主人は、藁にも縋る思いで、打開策を探していました。

そして、ある工法を聞いて来たのです。

とうとう、私たちはトンネルから抜け出しました。

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08|第8話「新工法」

役所の事情

何度か市役所に行き、話しているうちに役所の方の事情も分かってきました。待機期間の長さは、予算不足からきていました。来年からは予算が増えて、もう少し待ち時間が短かくなるそうです。役所の責任者は、

「遺跡を壊した後では取り返しがつかないので埋蔵物がある限りは調査して、後世に伝えなくてはならない」

との信念でこの仕事をしていると話してくれました。そして、遺跡を壊さないで地盤改良できる工法をいくつか提案してくれました。

発掘調査は、古都に住む者の使命だとは思います。ただ、役所がそのような信念であるならば、ざるから水が漏れるような不公平感は何とかして払拭してもらいたいものです。

行動開始

主人が頑張っているのに、ぐずぐずしてはいられません!ようやく熱も下がり、元気を取り戻し始めた私は出来るだけの事はやろうと提案してくれた地盤改良方法の幾つかを撤退的に調べました。

その結果、可能性のあるのは新工法のジオクロス地盤改良法でした。初めて聞く名前をまずパソコンで調べ、カタログを出来る限り取り寄せてその後疑問点など関係者にメールや電話で問い合わせました。耐震性において仙台での施工例(100軒ほどあるそうです)は震災でも盤石とは言えないが、かなりの好成績をあげているとの事です。

別の新工法のハイスピード工法で施工されたディズニーランドは、この震災で液状化にも耐えました。残念ながら地中を掘らなくてはならないので遺跡を傷つけてしまうため、我が家ではこの工法は採用出来ません。

お陰で今まで何も知らなかった地盤改良法を随分と勉強し技術の進歩に驚きました。

とにかくどの工法でも、すべての未曾有の災害に対処できる訳ではありません。鋼管杭はジオクロスより堅牢な面もありますが、突き上げには弱いらしいです。

私がマークしたこのジオクロス工法は、何よりもブルースホームが絶対条件とする瑕疵保険を付ける事ができます。

この工法を簡単に説明しますと、ゴアテックス(特殊な布)を縦横に張り巡らし、周りをシッカリとめたハンモック状態の上に基礎を作り家を建てる工法です。飛行場の滑走路やヨーロッパの鉄道などの地盤改良にも使われているそうで、万が一地盤沈下した場合も不同沈下はしない(家が傾かない) との事です。これなら遺跡を壊さずに地盤補強できます。

我が家です。 ジオクロスを縦横に敷いた様子です。

時を経てシャコンヌが建つ

ここまで調べた後、グッディーさんにこの工法を採用出来ないか相談しました。

さーて、この後は、二見社長が大活躍です。
風邪をひいて熱がある身体で市役所と掛け合い、双方の納得出来る線を見つけて合意に至らせて下さいました。何と頼もしいハンサム君でしょう。

初めは鋼管杭の改良法以外の選択肢は無いとのご意見の二見社長でしたが、柔軟な姿勢でこの工法を取り入れて抜群の行動力で俊敏に施工を成し遂げて下さいました。

地鎮祭の後、地盤改良や発掘騒ぎ
そして、震災もあり半年過ぎてからの着工(6月9日)になりました。

しかし、この間に沢山の事を学びました。
諦めないで、出来るだけの努力をすれば解決策が見つかる事。
心配してくれる人達がこんなにいて下さった事。
そして、グッディーさんや主人のいう正攻法で望んだお陰で何よりも晴れ晴れと新居に住める気持ち良さ。

予期せぬ副産物もありました。
この工法で基礎が30センチ以上高くなりました。
前に山があり日当たりを気にしていたので大歓迎です。

基礎から周囲70cmはみ出したジオクロス工事の様子が分かります。ジオクロス工法で高くなった分基礎が高くなりました。今は盛り土をして見えません。

どんどん発展しているグッディーさんは、今後鎌倉の発掘調査が必要な土地に施工される事もあるでしょう。私達が経験した事がその時にお役にたてれば、恩返しができるのではないかと思っています。

遺跡をそのまま封じ込めその上に建てた輸入住宅に住むなんて何かロマンがあり、ちょっと面白いです。

何世紀も前に、同じ場所に住みここで料理しお酒を酌み交わしていた先住の方々。
これからもどうぞ私達をお守り下さい。

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09|第9話「Oh my God!!」

Oh my God!(なんてことでしょう!)

今に至るまで、この建替えで

Oh my God!
と何度叫んだでしょう!


地盤調査の結果を聞いた時!
Oh my God!
埋蔵物が見つかった時!
Oh my God!

その他にも家の事を真剣に考え始めてから色々な事がありました。
叫んだ沢山のOh my God!を順を追ってお話しします。

リフォーム

最初は母屋のリフォームだけを簡単に考えていました。
そこで、リフォーム専門の小さな工務店に相談したところ「雨漏りもしているし白蟻にもやられているので大掛かりなものになりますよ」と言われ、Oh my God!
そんな簡単な事では無いんだと認識。

それなら思い切って徹底的にリフォームしようと
①まるで新築のようになるとのうたい文句の~の新築そっくりさん
②女性の一級建築士が担当するのが売りの~のリフォーム
の大手の2社に調査してもらい、プランをいただき、見積を出してもらってOh my God!
素敵な家を新築できる金額です~

モダンで高品質なモデルハウスを見て一目惚れした~地所ホーム
話してみるとリフォーム部門もあり担当者がやって来ました。
やってきた人を見て、Oh my God!
スポーツクラブで一緒の知り合いでした。~地所ホームから仲介で仕事をもらうとか、なら直接頼むのにー。

そんなこんなで、リフォームのプランニングで約1年かかりました。
見積りが出るまで何度も打ち合わせして、家中見せてかなりのエネルギーを使います。その割にどこに頼んでもお金がかかる割にピンとくるような良い案は出てきません。無駄な空間や部屋が沢山出来てしまいとても住みにくそうです。

建替えちゃえ

ようやく建替えという文字が浮かんで来ました。

住宅展示場にモデルハウスを構えている大手に頼んでも、結局知り合いの工務店がやってきたという、リフォームの時の経験があり、規模は小さくても、思いが通じ地域に密着していて直接施工して貰える良質な工務店をどうすれば探せるのかと思案していた時、リクルート社が出している「神奈川の注文住宅」とまさにうってつけのタイトルの本を見つけて購入しました。

本を読んで、ハウジングナビという
施主が工務店を探す為のサービスがある事を知り早速予約しました。

ハウジングナビのシステムはリクルート社が契約している会社の中から3社を施主である我々が資料など見て選び出し、その3社がコンペをし、自分にあった会社を探すという合理的なものです。早速、自分達に合いそうな3社を選びました。

その中で、飛び抜けて素敵なプランを出してきてくれた会社がありました。誠実な設計士さんが作ってくれたプランはモダンでハイセンスな家でした。特に気持ちを込めて、真剣に取り組んで頂いている事が分かりこちらも、ずいぶん気合いが入っていました。一生懸命な営業マンも好感が持てました。

そこに決め、何ヶ月もかけて、プランが完成し、ようやく契約しようと思った時にいきなり倒産してしまいました。

Oh my God!

ふりだしに戻ってしまいました。
でも、不幸中の幸いでした。契約前で本当に良かった!

気合いが入っていただけにかなりショックを受けました。
気を取り直して又一から工務店を探さなくてはなりません。

何ヶ月も、モダンな住宅のプランを考えていたので、新たに購入した本の中の一冊「憧れの輸入住宅を建てる」を読むと輸入住宅がとても新鮮に映りました。

輸入住宅など、とても高価で手が出ないと思っていたのですが、コストパフォーマンスの良い会社も幾つかありそうです。
そうです!ブルースホームが先づ目にとまりました。
早速、資料を請求したら、一番近くのフランチャイズ店のグッディーさんから電話がかかってきました。
菊江さんとの運命的な出会いはこの時だったのです!
雑誌に何度も掲載された鎌倉N様のオープンハウスに連れて行って下さいました。この時は主人に用があり、私一人でした。

今まで見てきた家と全く違うコンセプトです。N様の想いが至る所につめこまれています。グッディーさんのきめ細かな施工でそれが可能になっている事も直ぐに分かりました。

すてき~

すっかり、魅了されてしまいました。

で、その週末、主人のお尻を叩いて、千葉北、柏のパソコンで調べた本社のモデルハウスまで遠出しました。鎌倉からロングドライブでようやく千葉北のモデルハウスに着きました。側まで来ると直ぐに分かります。素敵な家が三軒並んで建っている様子はオーラがあります。

オールドプロバンス、シャコンヌ、白亜文明館の3シリーズです。

どんな内装かな?主人のリアクションはどうだろう?ドキドキ

そして、駐車場の場所を聞く為に声をかけ、出てきた事務服の女性を目にして、Oh my God!

大声で叫び、いきなりその女性とハグをしている私を車の中から見て、その時主人はとうとう妻の頭はやられてしまったと思ったそうです。

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10|第10話「南アフリカ」

ビックリした😳

私は、駐車場に出てきた女性との久々のあまりにも偶然の出会いに興奮して我を忘れてしまいました。
ちょうどその時、菊江さんとモデルハウスにいた営業の方が電話をしていて
窓から私達が見えたらしく「今、到着したグッディーさんのお客さんらしき人とうちの職員がどういう事でしょうか??抱きついています。」と実況中継してくれていたそうです。

H夫人

昔々、若かりし頃、私達家族は南アフリカのヨハネスブルクに4年あまり海外駐在員とその家族として住んでいました。3歳になる長男を連れて出国し、次男は南アフリカで生まれました。(写真:長男と、生後1ヶ月の次男を抱いて。)

私がハグをしていたのは同じ会社の駐在員の奥様で新婚さんで来られ、やはり2人のお子さんを当地で出産されたH夫人だったのです。
そう言えば千葉在住でした。何という偶然でしょうか!
近くのこのモデルハウスでお仕事されていたのです。


南アフリカ

あの悪名高きアパルトヘイト(人種隔離政策)が施行中のヨハネスブルクの白人の居住区は、あの頃は平和でした。日本人は名誉白人と言う不安定な立場ながら、白人として扱われていました。

ヨハネスブルクの白人居住区は日本では考えられない素晴らしい住環境でした。
家々の庭にはプールやテニスコートなどが併設されていて、まだ幼かった子供達の事故が心配でプールのない家を探すのが大変なくらいでした。

幸いなことに、現地の方で子育中の同年代方の素敵な家を転勤になられた為、借りることができました。オーナーはもう少し子供達が大きくなって、帰ってきたらプールとテニスコートを作るつもりだと言っていました。
そのときは、その広い広~い庭の真ん中に、子供の(遊び小屋)が建っていて、ブランコが大きなミモザの木からぶら下がっていました。バーベキューの為の広いテラスもありました。

長男はボクサー犬のジュディーと何時も庭を走り回っていました。自分より大きなジュディーをライオンに見立ててライオン狩りをしていました。


気候といえば、穏やかな四季はあるものの、一年中夏の軽井沢の様な爽やかな高原の気候でした(標高1800m)南ア原産の花の数の多さからもわかりますが、家々の庭には色とりどりの花が一年中咲いていました。我が家の庭は、週2回来てくれるガーデンボーイのエンウィがいつも綺麗に手入れしてくれていました。

秋には、ジャカランダ並木で街が紫色にけむります。あの美しい街並みが今も存在している事を願うばかりです。


そういえば、年に数日ある比較的寒い8月に(南半球です)、来客があり居間の暖炉を使ってみようと薪を買ってきて火をつけたら、いつの間にか煙突に巣を作っていたのでしょう、ブルーの綺麗な小鳥がびっくりして家の中に突進してきて飛び回っていたのは懐かしい思い出の一つです。
クリスマスやイースターのお休みには、ケープタウンなど色々な珍しい場所に旅行しました。
ケープタウンはテーブルマウンテンを背景にした綺麗な街です。


喜望峰を見た時は(こんなところまで良く来たものだ)と感慨ひとしおでした。茅葺屋根のワイナリーの優雅な佇まいも忘れられません。

丸顔で小柄で優しい気性のメイドのクリスティーナが住み込んでくれていて、子育の大変な時期を本当に良く助けてくれました。お陰で、子育ての苦労が半減しました。
色々な問題を抱えた国ではありますが、エンウィやクリスティーナと共に平和な日々を送った事は、本当に貴重な経験だったと思います。

とは言うものの、日本から遠く離れ、しかも不安定な政情の異国で、若かった私達は同胞として、幼い子供を持つ母親として、何かと助け合って過ごしていました。
そんな懐かしい方との思いがけない再会だったのです。

モデルハウス

話し込んでいる私達を残して、一人でハウスツアーをして来た主人の顔が少し赤らんでいます。
私はようやく本来の目的を思い出しました。
そうだ、彼女に会うまではモデルハウスに心を馳せて、主人がどんなリアクションをするのかドキドキしていたんだ!すっかり忘れていました。

「いいね!今までみた家と全然違うね!」

ブルースに決まったと確信した瞬間でした。

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11|第11話「ブルースホーム」

ブルースの家

思いがけない再会劇で、話が脱線してしまいました。
千葉北柏のモデルハウスに話を戻します。

第一印象は、家に入ったとたん穏やかな気持ちになり、なぜだか新しい家なのに懐かしさを覚えました。肌で感じる感触が柔らかいからでしょうか!
計算された統一感が心地いい空間です。他の住宅展示場のモデルハウスのような良く見せる為の気負いや、威圧感ゆえの居心地の悪さは感じられません。

内装は無垢や自然素材を使い 普遍的な継承されたセオリーに則っているので、逆に時を経ても古さを感じる事はなさそうです。見せかけだけこの様な家は良くあります。しかしブルースには模倣ではない本物の感触がありました。

部屋にいるとモーッアルトの旋律、或いはシャンソンが心に浮かんで来ました。(ブルースではなくて….. )🎵🎵🎵
ところでシャコンヌも音楽用語なんですね。

思い出しました。南アで借りた家に初めて入った時に感じた感覚です。
今までモヤモヤしていた自分の求めている家のイメージが、この時ビッビッと浮かび上がってきました。受け継がれた古い建物の良さはそのままに、設備を最新の物にリニューアルした空間。ヨーロッパの店舗やレストランでよく見かけます。こんなテーマの家は居心地の良さは正に理想なのではないだろうかと。
ブルースでなら実現できるかもしれない!

日本人として日本家屋にそれを求めるべきかもしれません。古民家の気密性を良くして最新の設備を入れれば素敵ですよね!しかし、かなり経済的余裕が必要でしょうね

つぶらな方

主人も私と同じ感覚を持って、ブルースホームに強い感心を示してくれました。第一関門通過です。そこで、先日N様のオープンハウスで会った菊江さんのことを話しました。

「営業担当は女性だったよ」

「女性とは珍しいね。どんな人?」

「つぶらな人」

「え?意味が良く分からないけど」

「会えば、分かる」

すらっとした長身で、キメの細かいお肌につぶらな目と鼻と口がちょこんとのっている可愛らしいお顔の菊江さんとはこの時以来、随分長いお付き合いになってしまいました。

お会いした頃は、設計士さんを含めて清水さんが3人いらっしゃったので、ファーストネームで菊江さんとずっと呼ばせてもらっています。

彼女は、家の営業だけでなく、土地探しもなさっています。大きなお金の動く仕事です。駆け引きがあったり、嫌な事に色々遭遇する事もあると思います。それなのに、彼女はいつも純粋で信じ難いほど正直でつぶらな瞳はいつも澄んでいます。ほんの少しドジな部分は愛嬌があり人間味を感じます。

彼女だけでなくグッディーの皆さんに共通して言える事ですが、仕事に手を抜かない真摯な姿勢は驚嘆に値します。どんなに面倒なことでも良い家にする為には厭いません。施主第一の姿勢が常に感じられます。

私が発掘騒ぎで落ち込んでいる時に元気付けて下さろうと、菊江さんは、いつもは地味なパンツなのに華やかなミニスカートで現れました。大発見です~スタイルの良い彼女は長くて細くて真っ直ぐな脚をしています。この武器を活用する事に気付いたら多分、違う人生になっていた事でしょう!イイエ今の彼女は天職を得て輝いています。
今のままでいてくれてありがとう!

初めて会ったオープンハウスのN様宅での、彼女のセールストークの第一声は「弊社では、水切り板金の色も何色かの中から選んでいただけます。雨樋もお好みで横と縦の色を変える事もできます」

後で、水切り板金はこの中から選びました。

「何と、随分細かいところから入ってきたな。今まで接してきた男性のセールスマンとは感覚が何か違うぞ」とビックリしながらも、ここなら私が変わった事や細かい事を提案しても、鼻で笑われる事はなさそうだと直感しました。一緒に家という作品を造っていけそうだとワクワクしてきました。

ここから、グッディーの皆さんとの家造りが始まったのです。

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12|第12話「グッディーな女性達」

社長です

と紹介された時に、

「えっ❓社長さんですか💀❓」
と、聞きかえしたくなるほど、工務店の社長のイメージとかけはなれた二見社長を頂点に、クラフトマンを除き全て女性のスタッフです。
(二見社長は今人気の物真似歌手の青木隆治に似ていませんか?……)

今迄男性中心の仕事とされていた家造りを女性が全て取り仕切っています。

男性達が従来の組織人間、会社人間の枠にどっぷりつかり
お金や権力の魔力から抜け出せないなかで
女性も男性の轍を踏んで同じように権力志向、拝金志向になってはならない
私は女性が社会に進出し活躍する事が必要だと信じていますが
それは従来の男性と異なる価値観、人間を大切にするよき女らしさを
社会や職場に持ち込んでほしいと思うからです。

坂東眞理子著「女性の品格」より抜粋

と、書かれています。

これを読んだ時、グッディーホームズはまさに女性の社会進出のビジネスモデルだと思いました。いち早くこのシステムを作り上げられた二見社長の炯眼はさすがとしか言いようがありません。
このスタッフの方達との家造りは、途中で地盤改良や発掘騒ぎなどで中断した事を除けば、想像した以上にクリエイティブで楽しい作業でした。
今となっては、早く完成してほしいと切望していながら、一方では終わってしまうのが残念で寂しくてなりません!

一世一代の家造り、誰もが夢を一杯持っています。
しかし、プランニングを始めると建築法、土地の形状そして特に経済面etc。様々な制約でがんじがらめになって行き、妥協しなくてはならなかったり、諦めなくてはならなかったり厳しい現実に突き当たります。この現実に遭遇した時出来る限り夢を壊さない様にと、グッディーレディー達は真面目に手厚く頑張って下さいました。
本当に親身に自分の家の様に、(主人以上です。)徹底的に相談に乗って下さるので、いつのまにか長電話になってしまい、メールの送受信欄はグッディーホームズで溢れてしまいます。
細かい細かい作業の積み重ねは女性ならではです。

このような努力の結果でしょう。最近はグッディーさんの建築件数がどんどん増えているようです。初心を忘れる事無く、この姿勢をいつまでも貫いて頂きたいと思います。

大作戦

グッディーさんの事務所で、初めてシャコンヌシリーズに付く廻り縁を見た時、胸を鷲掴みされた様な気持ちになりました。「えっ~ こんな家を現実化出来るの❤️」

建築途中の我が家の廻り縁です。

私達はこれから先次第に家にいる時間が長くなっていくでしょう。快適に過ごす為の理想は、ホテルのスウィートルームの様な家です。それで密かに家のテーマを(アールヌーボーの時代の家を五つ星のプチホテルにリニューアルした様な家大作戦)と自分で名付けました。

しかし、余りにも恥ずかしいのでこの想いを誰にも言えないでいたのですが、相談している内に胸に秘めたこのテーマを打ち明けても大丈夫な雰囲気を感じました。
思い切って言ってみました。

「いいです~ね✌️」

社長さんやスタッフが答えてくれました。
さすがグッディーさんです。

時間がかかりましたが(後から着工した家が沢山完成しました。)完成までもう一息です。
次第に、我が家が全貌を現してまいりました。

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13|第13話「感謝を込めて引っ越します」

引っ越し

本日、新居に引っ越します。
1年1ヶ月の仮住まい生活にさよならです。

お正月は新居で迎えられます🌄
ロンドンにいる長男夫妻も家を見に一時帰国しました。
これからこの新居でどんなドラマがあるのでしょう?
理想の家を手に入れても、それに息を吹き込むのは、住み手である私達です。
家に負けない、素敵な生活をここで過ごせますように👏

感謝を込めて

完成までには実に沢山の方々のお世話になりました。

①グッディーホームズ

遠方に仮住まいしていた為汗をかき仕事をして下さったクラフトマンの方達に、お会いする機会は数回しかありませんでした。丁寧に、丁寧にフィニシヤー工事をして下さった二見忠夫様、他の大勢のクラフトマンの方々ありがとうございました。

現場監督のヘルメットが似合う近藤さんは、インテリジェンスのある正直で心優しい家族思いのお母様でした。進捗ブログをチェックするのが楽しみでした。

そして、是非書いておきたいのはお辞めになられた園田さんです。お仕事ぶりは几帳面で間違いなかったので心から信頼していました。「光と影の魔術師 になりたい」と、訳の分からない事を言う私に丁寧に真剣に向きあって、照明計画を立てて下さいました。
タイルやメダリオンの選択に悩んだ時、相談にのって下さって、それがとても楽しかったです。当時のメールのやり取りを懐かしく読み返しています。そして今、現実の姿となって現れました。是非見に来て下さいね。

このブログの掲載でお世話になった田中亜美さん、陰で支えて下さったグッディーホームズの他のスタッフの皆様、お一人お一人の事は書けませんでしたが本当にありがとうございました。

②副監督(ボランティア)

我が家のお隣にお住まいのKさんの事を副監督と呼んでいました。理由は、ホームページの現場進捗ブログより早く、何か変化があると写真を送って下さったからです。
隣が工事していると煩わしくて嫌なものだと思います。それなのに、『戻って来るのを待ってるよ』と言って下さった言葉は嬉しく心にしみました。

③オープンハウス

そして、快く家のなかを見せて下さった皆様、ありがとうございました。

隅々まで隙のないこだわりのお宅で、グッディーさんとのきっかけを作って下さった鎌倉N様
猫ちゃんも寛いでいます。(ブログに何度も登場して頂きました)

明るくて、大らかで楽しい逗子A様は、上質なカントリーのテイストで素敵にコーディネートされていました。もう2年前になります。寒い日に伺いました。受賞されたのは当然の事と思います。

お茶目な鵠沼のT様ご夫妻は、突然伺ったのに直ぐに打ち解けて下さいました。風格ある佇まいは周りの家を凌駕していました。お隣さんがグッディーさんで施工されるのも頷けます。完成が、楽しみですね!

優しい若いママと可愛い坊やがいらしゃった片瀬山のY様は、グレード感がありながら暖かさを感じる北欧テイストの明るいお宅でした。こんな環境で大きくなられるお子さんはお幸せだな~と思いました。

藤沢H様は、家中にご主人様のこだわりが凝縮していました。本当に楽しそうに家造りの喜びを伝えて頂きました。ごめんなさい、大変な努力で見つけられた外灯をチャッカリ真似しました👍

各家各様、オーナーの方の個性に溢れ、皆さんご自分の家にプライドを持って日々の暮らしを楽しんでいらっしゃいます。我が家もその中の一軒になれればいいな~

最後に、家造りが好きで好きで好きで仕方のない方々の一員として、参加させていただきその作品に住める幸せを一言で言い表わします。

「このプチホテルの、スウィートルームに私達ロングステイします。」

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14|第14話「エピローグ」

インテリア

引き渡しは昨年の暮れのとても寒~い寒~い日。その3日後、大きなトラックが横付けされ、真新しい家に運びこまれたダンボールの山、一つずつ箱を空け懐かしい思い出の品と一年数カ月ぶりのご対面です。これから大仕事が始まります。

さあ、この真新しいキャンバスを腕によりをかけて自分色に染めましょう!

①カーテン

カーテンはインテリアの重要なアイテムです。サンプルを持ち帰り慎重に選びました。カフェカーテンは気に入ったのがなく、手づくりしました。

②絵

父から譲りうけた絵、思い出の絵、すべて定位置が決まりました。

③小物

いろいろな国で買い集めた小物類、箱から出して貰って嬉しそうです。

Open party

3月の後半の週末を2回に分け、親しい方をお招きしオープンパーティーをしました。

さあ、ご到着です。車の音が聞こえます。

いらっしゃいませようこそ、どうぞ。

まず、二階にお上がり下さい。

ダイニングにケーキを用意しています。

アーモンドケーキ、パウンドケーキ、チーズケーキ、どうぞお召し上がりください。
ご近所の元川奈ホテルのパティシェさんが作って下さいました。

ケーキと飲み物をとられたら、どうぞリビングでお寛ぎください。

それとも、サロンに腰掛けられますか?

今日はありがとうございました。気をつけてお帰りください。又、お待ちしています。

今日は沢山の方に会えて楽しかった、おやすみなさ~い。

2日間で実に50人近い方達に新居を披露した事になります。

住み手の想いが詰まった家、居心地が良い家、又来たい、など各々の方々に心温まる感想を頂きました。この時を夢見て頑張ってきたので、本当に幸せな時をウキウキと過ごしました。
その中でも心に残った感想を2つ。

車大好きな主人の友人からは「家のことは疎いので敢えて車に例えると、標準仕様からengineのbore up、大径tire+wheel・shock absorber + spring・内装・座席・エアロパーツ一式全てを変更・独自追加し、更に特殊塗装を施してcustomizeされたすばらしい出来栄えの御宅だと思います。」
つまり大好きな型式のすべてのパーツを、自分仕様にカスタマイズしたこの世で唯一の車に我が家をたとえてくださいました。

欧州、アメリカに駐在経験があり、世界中を駆け巡った方の感想
「新居は日本にいるとは思えない感覚ですが、なにか、懐かしい感じもするなと思っていました。スパニッシュアメリカンという感じでしょう。アメリカのアリゾナ州フェニックスあるいはツーソン郊外のリゾート、高級サブデビジョンの雰囲気ということを感じました。小物は、何度も訪れたこれもヨーロッパの影響が強い。南アの高級住宅を思い出しました。」

目指していたのは、新しいけど懐かしさを感じる家。細部までこだわるけど、全て自分の中で消化された借り物ではない家。そして、形式にとらわれ過ぎず堅苦しくならない暖かく居心地の良い家。

表現はそれぞれ違うけど家への私の思いは伝わっていそうです。
ありがとうございます。
他の方も皆さん最後に、又お邪魔したい!と付け加えて下さっています。

いつでもお待ちしています。
I welcome you, all at anytime !!

早春に植えた草花も根をおろし始め、以前からあった紅スモモの大木は満開の花をつけてくれました。

何度も何度も春を重ねてこっくりとした、いい味わいの家に育てていくつもりです。

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お客様が書き留める建築日記 -その2- 【全11話】

この文章は、土地選びから竣工まで、建築当時のお施主様のさまざまな率直な想いを書き留めて下さっていた「建築日記」です。今回は、「切妻屋根の北欧ハウス」のご主人の文章(2010年8月〜2011年1月)をご紹介します。

目次

01|土地探し

「土地探し」


まずはじめに、僕は今までブログと言うもを深く見たことがありません。

今回は始まりから凄く親切にして頂いたグッディーホームズさんへの感謝の気持ちを込めて参加させてもらいました。

もちろん自分自身プログと言うものをやったこともありません。他の方のブログを拝見させていただきましたが、ユーモア溢れる楽しい文章ばかりでした。僕は他のブログみたいに上手く表現できないので自分の思いをストレートに書かせて頂きたいと思います。 

家をスタートしたのは今年の2月、先ずは土地からと思い希望の地域の不動産やさんに行って片っ端から探してもらいました。
今はどうやらインターネットの時代でどこ行っても同じ物件。僕としては地元ならではの物件を探してたのですが良い物件はなかなか出て来ませんでした。

ちなみに僕の第一希望は南向きでした。
こんな時代だから土地なんて選べるほど有るだろうと思っていたが意外と南向きの良い物件が無かったのです。
実は今回決めた片瀬山の土地の前に申し込みまでして流れた物件が2件あり、その時は泣きたくなる思いでした。

遅れましたがグッディーさんとの出会いはこの土地探しの時期でした。
住宅メーカーだけど土地探しもしてくれてると言うことなので、とりあえずお願いしたのです。

いざ一緒に土地探しをすると他の不動産やさんよりも本当に熱心に動いてくれました。
時には休みの日や夜遅くまでいつもこちらの思いを尊重してくれて動いてくれました。
担当の清水さん本当にありがとうございました。

土地探しの続きは書き次第UPします。


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02|土地探し2

「土地探し 続き」


希望していた土地が2回続けて流れ、かなりショックが大きかったが あの土地には縁がなかったんだと自分に言い聞かせ土地探しを再開しました。
いつもの様にインターネットで検索してみると前まで無かった物件がパッと目の前に現れました。南向きで坪数も希望の大きさ、なによりなんでこの場所がこんな値段なんだ?と言う土地でした。

直ぐに連絡しました。
問い合わせをしてもらったところ、やっぱり少しややこしい物件でした。どうしても気に入った物件だったので何とかお願いしました。
この物件に関しては毎日担当の清水さんが相手の業者の方に話をしてくれました。今思えば1日づつ状況が変わるようなお仕事できっと休みの日も動いてくれてたのだと思います。夜遅くに連絡してくれた時もありました。聞くと、ついさっきまで業者の方に交渉してくれていました。

この時期、家の話は深く話してはいませんでしたが僕の中ではこの会社で家を建てようと決めました。

大きな買物ほど信頼関係が大事だなとつくづく感じました。

ブルースホームでもグッディーホームズでもなく担当の清水さんを始め携わってくださる方々からの買物だと思ってます。

今思えば気に入って申し込みまでして流れた物件も今回の物件に出会うために流れたのかなと思います。

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03|我が家のテーマ

「テーマ」


我が家のテーマはシンプルなナチュラルハウス。

自然素材には凄く拘りがあるがカントリー調のような木の雰囲気などを前面に出すようなデザインではない。  
私の拘り…フローリングをオークにしたこと。残念ながらブルースホームの標準の床材に好みの物がなかった。

もともと僕はオークの落ち着いた色合いに憧れを持っていた。
最初はパインの無垢だったがパイン独特のカントリーっぽい雰囲気がイメージと違ってしまい、清水さんに相談したところオークもオプションで可能とのことだったのでお願いしました。
まだ施工前だが自分の判断が正しかったか今からドキドキです。ちなみにクリア仕上げも場合によっては黄色っぽくなってしまうので出来るだけ素の色に近づけて欲しいとお願いしました。 

妻の拘り…北欧の一枚ガラス。
妻の拘りはこの1つだけ!たしか一年前くらい、雑誌に写っていた一軒の北欧住宅。シンプルな木製の一枚窓に魅了されてしまった。
もちろんこれもオプションです。
結局我が家は脱ブルースホームみたいになってしまった。
でもこの建材は全てブルースホーム経由。= ブルースホームは要望を全て形にしてくると言うことです。

今回の我が家はグッディーホームズも初めての挑戦が多々あるみたいです。

しかし不安よりも新しい発見に向けての挑戦を一緒に楽しめる。
そんな気持ちにさせてくれるスタッフの方々に心から感謝しております。
清水さんが私の担当グループは会社内ではチームY(Yは我が家のイニシャル)と言っていると教えてくれた。

その時は一言では言い表せない嬉しい想いで一杯になりました。 

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04|間取り

「間取り」


一番時間を要した間取り。

今はパソコンのソフトでも面白い物が沢山販売している。操作も簡単で自分でも気軽に間取りが作れてしまう。僕はこの頃毎日のようにPCとにらめっこをして自分なりに考えてみた。

私はとにかく明るい家にしたかったので出来るだけ部屋は南に!

自分なりにこだわりを持って作った間取りをグッディーさんの設計士さんに見てもらったら、何と自分の考えた間取りで大丈夫だった。

その後細かい打ち合わせを数回重ねて無事契約をした。  

ある日突然研修中の清水さんから電話が入った。
内容は研修してる間、私と近藤と園田でY様の間取りを新たに考えてみたと…

えっ? 一瞬頭は真っ白に 
しかし、もっと良い家にしたいと言うスタッフ皆様の思いと、何より奥様方が喜ぶ間取りにしたいと言ってくれたことが凄く嬉しかったので快く了承しました。

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05|家族が喜んで笑顔で過ごせる家

「家」


今回家作りに当たって色々な方との出会い、家族やグッディーさんのスタッフの方々の想い、まだ施工前ではありますが個人的には素晴らしい経験をさせてもらいました。

家は人生の中でも凄く大きな買物。
私はもちろんこの家が最初で最後の家作りだと思ってます。

商売以上に何とか良い家を作りたいと言うスタッフの皆様の思いは私たち家族と同じ思いです。
共鳴出来る会社と出会えて本当に嬉しかったです。

私の憧れていたストーリーのある家…。
出来上がった時の喜びも凄く大きなものになると思います。

~この場を借りて~
我が家は今子育て真っ最中ですが妻とも色々話し合って家作りを決意しました。
現在打ち合わせは私が中心にやっています。

なぜならば育児でなかなか妻が参加するのが難しいからです。
妻とは数年前から家について一緒に夢を語っていました。
私なんかよりも凄く家に対して熱い思いを持っています。
私一人でグッディーさんの所に行くことも少なくありません。
本当はもっと一緒に打ち合わせにも参加したいのだと思います。
そんなかで家で打ち合わせをする時は子供を抱きながらお茶だしをやってくれたり、本当に頑張ってくれてます。

グッディーさんが考えてくれた最終プランは妻の事を一番に考えてくれた間取りでした。
きっとこの家は妻を始め家族が喜んで笑顔で過ごせる家になるとおもいます。
それが私の一番の願いです。

最後はプライベートの話になってしまいすいません。
私は人と人の想いや繋がりを大事にしたいと考えています。 
グッディーホームズは人の想いを大事にして形にしてくれる、
同じ気持ちになって家作りをしてくれる。そんな会社だと思います。

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06|施行開始

「施行開始」

待ちに待った施工が開始しました。

家族全員でこの日をまだかまだかと待ちわびていた。
休みの日に妻と共に現場に行ってみると30℃超える暑さの中、職人さん達が汗を流しながら一生懸命作業をしてくれていました。
妻の発想で今日は冷凍庫で凍らせてたお茶を持っていきました。
私は鈍感なのでいつも妻の発想に助けられています。
私達を見ると職人さん達は笑顔で挨拶をしてくれました。

職人の方たちへ
いつも暑い中我が家の為に本当に本当にありがとうございます。
家族一同心より感謝しております。

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07|現場見学と社長さん

「社長ありがとうございます!」

今日一週間ぶりに妻と現場に行ってみた。

すると家が形になっていた。
少し経つと社長がやって来て『良かったら作業を見てください』と言ってくれたので作業を見学させて頂きました。

すると社長自ら指示して作業をしていました。 
私はこの時に色々感じました。
下請けに全て任す住宅メーカーが多い中、トップ自ら現場に足を運んで頑張ってくれている。
これ以上ない無い安心と信頼です。 

今思えば土地探しの時、現場調査をいち早くやってくれたのも社長でした。
社長の一生懸命頑張っている姿を見て改めてこの会社にして良かったと妻と語り合いました。ちなみに私も妻も社長の人柄も大好きです!

『社長さん本当に本当にありがとう』

家族一同

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08|上棟打ち合わせ〜現場の職人さん

「上棟打ち合わせその後」


上棟打ち合わせも終り家がどんどん形になって来ました。

この時期になると、今までは中々実感が沸かなかったが間取りなども目の前で見るようになり家族で家の話をする時間が増えました。 
最近は現場も近いため休みの度に足を運んで現場の進行を楽しんでます。
いつ行っても現場の職人さんは笑顔で私達家族を迎え入れてくれます。
そんな方々に我が家を造ってもらえることに毎日喜びを感じでいます。 

現場を見て初めて解ることが多く現場進行中に変更が多々ありましたがグッディーさんはいつでも快く返事してくれました。
いつもいつも感謝です。 

最近は寒い日が多くなってきました。
現場の方々には毎日家族一同心から感謝しております。 
本当に本当にいつもありがとうございます。

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09|キッチンと妻の笑顔

「久しぶりに… 。」


久しぶりに… 
今日は家族で久しぶりに現場に行ってきました。
何より一番の感動はキッチンでした!


今まではなかなか実感が沸かなかったのですが、今日はお風呂も部屋も大分、形になっていたので家族みんなで感動でした。 

私の妻は大の料理好きなのでこのキッチンを心から楽しみにしていたと思います。
ワガママを聞いてもらい何回も打ち合わせをしたのでその分喜びも一杯です。 

帰りの車、妻の顔は笑顔で一杯でした。
普段子育てに家事に頑張ってくれてる妻を思うと私自信、家を建てて本当に良かったと思います。
形になってくるとグッディーさんのスタッフを始め、現場の職人さん達には改めて感謝感謝です。 
前のblogでも書かせて頂きましたがグッディーさんは私達家族と同気持ちになって家を建ててくれる。そんな会社に依頼できたことに家族みんなで心から感謝しております。 

いつもいつも本当にありがとうございます。

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10|施主検査

「いよいよ施主検査」


夏から始まった家作り、いよいよ完成間近になってきました。
施主検査のため久しぶりに家族みんなで現場に行きました。
足場がとれた我が家を初めて見て本当に感動しました。

家の中に入るとまた更に大きな感動です。

毎度の事ですが、ここまで出来上がったのもグッディーさんのスタッフを始め職人の方達のおかげです。引き渡しの日にちも無理を聞いていただいて本当にありがとうございました。

日曜日も現場を通りかかったら職人さん達が作業をしてくれていました。
本当はここまで頑張ってい我が家を作って頂いた職人さん達には直接お礼を言いたかったのですが…。本当に本当にありがとうございました。

今思えば地鎮祭から始まって施主検査まで短い期間でしたがグッディーさんのスタッフや職人さん達との事は一つひとつが私達家族にとって大切な思い出です。

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11|第2の家づくりのスタート

「今回の家づくり…そして第2の家づくりへ。」


今回の家づくり…

我が家は現在子育て真っ最中で私が中心に進めました。
私が自由に動けたのも妻を中心に一番上のお姉ちゃんが下のちびっこ二人を本当に良く面倒を見てくれたお陰です。
本当はもっともっと家作りに携わりたかったと思います。

家族みんなの希望や想いを見事にグッディーさんは見事に形にしてくれました。
そんな色々な想いが詰まった我が家は家族のとって一生の宝物です。

最後はインテリア…

こだわって、たくさんの思いの詰まった素敵な家ができあがったらカーテンはその家に初めて飾られる一枚の絵です。
その一枚の絵ともいえるカーテンは素敵な我が家をもっと素敵に彩ってくれます。

施主検査でどんなカーテンが合うかを色々試してみました。
壁や窓、フローリングにキッチン 今回の家作りは本当に細部まで細かくこだわりました。 
今は賃貸暮らしですがいつか家を建てたらインテリアにもこだわりたいなと夢見ていました。 

我が家は腰高の窓にはシェード、 はきだし窓にはカーテンをつける予定です。
コーディネートを考えるのも本当に楽しみの1つです。
せっかくグッディーさんに素敵な家をつくってもらったので今後はインテリアもにこだわって「第2の家づくり」を始めます♪

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お客様が書き留める建築日記 -その1- 【全14話】

この文章は、土地選びから竣工まで、建築当時のお施主様のさまざまな率直な想いを書き留めて下さっていた「建築日記」です。今回は、「ベルギーに憧れて/バラが似合う家」のご主人の文章(2010年11月〜2011年7月)をご紹介します。

目次

第1話|「建築日記」ブログ作成の依頼〜契約までの過程のおはなし

「はじめまして!」


このたび、グッディーホームズさんで家を建てていただくことになりました。
そして僕にも、ブログ作製の依頼が!(このブログ上では、仮にジェシーと名乗っておきます。以後お見知りおきを。)

しかし、僕には一つの懸念がありました。

建築日記の醍醐味と言ったら、竣工にいたるまでの過程での様々なトラブル、それについての施主の苦悩や、ビルダーとのやりとり、それに対するビルダーの対応からなる一連のドラマであります。(大げさか)
しかし!グッディーさんのHP上でそんなことを書いてしまっていいのか?

田中さん「いいですよ❤️

えっ、今何て言った。

田中さん「ぜひ率直に書いてください。もともと社長も、施主様の率直なご意見を伺いたいという思いから始めたものですから。」

うっひょー、社長太っ腹!いいんすか、グッディーさんのHPですぜ?!こんな男にそんなこと言ったら、あることないこと色々書きますぜ?(←それはだめだろ)

もっとも、これまでのところ、このわがままなオイラにしてはほぼ不満がない。いや、大満足といっていいだろう。その一例としては、契約に至るまでの過程である。

大手ハウスメーカーの常套手段としてよく聞くのは、まずは安い値段をちらつかせて契約させ、契約後にオプションで価格を吊り上げるというものだ。

ところがグッディーさんときたら正反対。
オイラ、グッディーさんの家が気に入っていたもんだから、土地が見つかってすぐ契約しようとしたら、

清水さん「契約は打ち合わせが終わってからです!

グッディーさんのほうから契約先延ばしときたもんだこりゃ😀

その後は打ち合わせに次ぐ打ち合わせ。詳細な見積もりを出してようやく契約。こちらのわがままな要望も、想像以上に真剣に受け止めてくれました。
中には打ち合わせの回数は5回までに制限されていて、6回目以後は有料などというハウスメーカーもあるという。オイラときたら、もう何度打ち合わせしているか分かんない。これを良心的といわずして何と言おう。

つーことで、色々と悩んだことは率直に書くし、グッディーさんを持ち上げても、それは「変なこと書いて、手抜きされたらどうしよう」という心配から来るものではないということは申し添えておきたいのである。
あ~、なんか毎回長文になりそうな気がしてきた。次回以後、できるだけ短くまとめるよう頑張ります。

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第2話|グッディーホームズに家づくりを依頼するまで

「建売めぐり」


さて、2回目のブログですが、2回目にしてある問題点に気づきました。
記事を書こうとすると、ある種の戦慄が僕を襲うのであります。


その戦慄の正体とは…

「これ、読んでる人いるんか?」

という不安であります。


コメントの設定(※)とかがされてないし、ランキング(※)にも入ってないから、読んでもらえてるか分からんのよね。

でもいいのです。これからグッディーさんで建てる人の参考になれば。(とか言いつつ、グッディーさんと関係のないことを書くことも多いかと思いますが。)前々からブログってやってみたかったけど、これぐらい対象が限定されているほうが安心だし。

あ、鵠沼のYさまと国立のIさま。少なくとも僕は毎回読んでますよ~😀

※コメントの設定、ランキング:FC2 blogでの設定


さて、これから数回にわたりグッディーさんに家作りをお願いするまでの経緯を書きたいと思います。


結婚してすぐ、高い家賃を払い続けるのも馬鹿らしいということで「家買っちゃおうか」ということになりました。(嫁が猫飼ってたんで、ペットOKの物件限定だったんですが、ペットOKのところって結構家賃が高いんすよね。)

御多分に洩れず、うちでもまずは建売から探し始めました。が、まもなく

興味をひかれる物件が物件が全くない😭

ということに気づきました。


内装がしょぼいし、うちは車いらんのに必ず車庫がある(それなら嫁のガーデニング用の庭が欲しい)。いくら一般的には必要なものでも、ライフスタイルに合ってないとホントに邪魔なだけなんですよね。

ちょっと内装が素敵で、値段もお手ごろと思ったら、

近くに高圧線の鉄塔がどどん!

さすがにちとこれは電磁波が気になるなと思うも、不動産屋ときたら「WHOでも危険性は認められてません。こんなのを怖がっていたら家なんか買えませんよ!」ときたもんだこりゃ。退散、退散。(日本は電磁波後進国・アース後進国と言われているそうですが、なんとかならんのですかね。)
そんななかで、「こりゃ自分で家建てたほうがいいんちゃうか」と思うようになったのであります。

ちなみに、当時も不動産屋に「注文住宅ってどうですかね」って聞いてみたんですが、「あ~、あんなのはめんどくさいだけだから、建売のほうがいいですよ」とか言って、やたら建売すすめるんですよね。後になって分かったことですが、

①注文住宅だと土地だけの仲介になり、手数料が目減りする。

②建売のほうが売主と買主両方から手数料が入りお得(これを「両手」とか言うらしい)。


自分たちが儲からないからっていう、完全に自分都合の話だったみたい。怖いわね奥様。
そんなこんなで、自分たちのライフスタイルに合った家を建てよう、そんな家作りのお手伝いをしてくれるところを探そうとなったんであります。短くするのはあきらめた。

擁壁と基礎が干渉しないか自ら現場で調べてくれている社長。素敵❤️

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第3話|注文住宅を建てる、その前に。

「注文住宅へ」


お気に入りのお店がなくなっちゃうのって淋しいですよね。
昨日で大磯のイタリア料理店ヴェントマリーノが閉店でした。


こちらを所有していた不動産屋さんが、不況のあおりで手放さざるを得なくなったそうです。
このお店の建物、なんと日本最古の2×4建築だそうです。明治45年ごろに建てられたものだとか。とても素敵な建物で、最高の雰囲気の中で食事が楽しめるお店だっただけに残念です。
でも、大磯市が買い取ったとかで、今後博物館か何かとして活用されるのではないでしょうか。またお邪魔したいです。

さて、注文住宅で家を建てようということになった我が家ですが、一つ問題が。

全く貯金がない orz

嫁は少し貯めてたけど、オイラ毎晩飲んだくれていたもんだから貯金などあるわけがない。給料はあるだけ飲む。飲む飲む飲む。オッス!オラだめ人間!!

これでは家など建つはずはありませぬ。家を建てるなら貯金をせねば!ということで、節約開始。酒も断ち、月の小遣いも2万円に(安っ!)。目標金額を設定し、自己資金をためることになりました。

いったいどれぐらいのペースでお金がためられるのか、注文住宅でどれぐらいのお金がかかるのか、皆目見当がつきません。家を建てるのは目標金額がたまってからと決め、となると時間があるから家作りの勉強をしようということに。それと同時にビルダー探しと土地探しも進めることとなりました。

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第4話|家づくりの勉強

「地鎮祭」


先日、無事地鎮祭が終了しました。

当日は抜けるような青空。何と富士山も見えて、縁起がいいことこの上なし。
最近は地鎮祭をしない人が多いとも聞いたのですが、建築工事はやはり危険が伴うもの。工事の無事を願う意味でも、やっておきたかったのです。
それに、オイラ無神論者だけど、日本の伝統行事は大好きなのである。(初詣は欠かせませぬ。)
面白かったのは、神様を迎える時とお送りする時。神主さんが

うおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!

て吠えるのね😺。

インド・中国渡来の学問体系である仏教と比べると、神道系の儀式にはプリミティブな妖しさがあふれておりますな。

とにもかくにも、家を建ててくださる方々に何事もなく工事が終了しますように。

さて、なかなかグッディーさんとの出会いまでたどりつかないこのブログ😂。

当初の予定ではとっととリアルタイムに追い付くつもりだったのですが、うまいこといかないもんですな。
毎日ブログ更新する人って、やっぱすごいのね。まあ、多少はしょりつつもぼちぼちいきます。

家作りの勉強をしながらビルダー探し、土地探しをしようということになった我が家ですが、家作りの勉強においてもっとも参考になったもの、それは

インターネット

本を買ったりもしたけれど、ネット上の数多くの建築日誌やe-戸建てなどの匿名掲示板のほうが、ナマナマしい情報が数多く手に入りました。(もっとも、最近のe-戸建ては、ちと荒れ気味な気がしますが。)

勉強をしていく中で、いろんなことを学んでいきました。やはり構造材にはこだわったほうがいいらしい。無垢材と集成材の違い、ヤング係数、日本の家なら国産材で芯持材だ等々。断熱材も、吹きつけウレタンやら羊毛断熱材やらセルロースファイバーやら。耐力壁も、モイスだダイライトだうんぬんかんぬん。

いろいろ研究した結果、国産材を用いた木造軸組み、自然素材のあふれる和風モダンの家にしよう、それっきゃない!とオイラの中では方針が決定していきました。(それがなぜ輸入住宅に方針転換したかはまた後日。)
ただ、勉強した結果、要求水準が高くなると同時に、選択肢が狭まってしまったのも確かです。

まず、大手ハウスメーカーは選択肢から消えました。契約優先で、契約してからオプションで増額、しかも新建材を多用して工事は下請けに丸投げという姿勢が「こりゃありえん😱」となったわけであります。(ちなみに、大手ハウスメーカーのモデルハウスに行ったときは、「これ標準?オプション?これもオプション?えっ、これも?じゃあ標準で建つのってどんな家?」なんてやりとりをしていたら、見事に名前も聞かれませんでしたwww)

うーん、長くなってしまった。

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第5話|工務店探し

工務店めぐり


う~む。拍手数が伸びない。文才がないのか。
片瀬山のご主人などは拍手数が3ケタを記録しているというのに。
片瀬山のご主人に嫉妬。
かくなるうえは…お色気か?セクシー路線なのか?!
そんなことをしてまで拍手数を稼がなくても…いいや、欲しい!どうしても欲しい!!

I want HAKUSHU! Go!HAKUSHU,Go!

ええい、ままよ!

うちの猫の恥ずかしい姿でした❤️(ストーブにあたってだらしなくなっているところです。)

さて、大手ハウスメーカーを候補から外した我が家。しかし!湘南地域には数多くの魅力的なビルダー・工務店があります。この地の利を活かさない手はありませぬ。次の条件を満たすビルダーを探そうということになりました。

①できる限りローコストで建築してくれる。
②しかし、家自体は高性能。(とくに断熱性・防音性・耐久性。)
③自然素材を使っている。
④下請けに丸投げしない、できれば自社大工による直接施工。
⑤デザインセンスが信頼できる。
⑥経営に不安がない。

数多くの工務店やビルダーに問い合わせ、資料請求しました。
しかし!もう①の段階である程度限定されてしまったんだなこれが😱
ある工務店なんかはこちらの予算を伝えただけで、露骨に馬鹿にしたような態度。
今思い出しても腹がたつ✊むきー。

そんななかでも、「それだけあれば立派な家が建ちますよ」といってくれたところもあり、完成現場見学会に足を運びました。予算的にも折り合いがつき、構造的にもある程度信頼できそうなところもありました。しかし…ヨメが浮かぬ顔をしています。どうしたのだヨメ。

「…この家はだめでしゅ。」

な、なぜなんだヨメ。杉の芯持ち材を使って、しっかり作ってくれそうじゃないか。

「バラが似合わないでしゅ。」

そうだった。ヨメの唯一の趣味、それはガーデニング。とくにバラが大好きなのだ。しかし、じゃあどんな家がいいのだ。

「それは分からないでしゅ。」

出た!ヨメの得意技、ネガティブわがまま。

ネガティブわがままとは?説明しよう!別にそのわがままぶりが悲観的であったりするというわけではない。それは、積極的に自ら何か具体的な要望を出すわけではないが、こちらの考えたことにことごとくダメ出しをする形で展開されるわがままのことである。

これがまた、結局どうすればいいのか結論が見えないから厄介なのである。

「和風モダンにしたいと思っていたんだけれど…」

「バラが似合わなければだめでしゅ。」

木造軸組み、和風モダンの夢は儚くも崩れ去ったのであった。

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第6話|希望条件

「謹賀新年」


明けましておめでとうございます!
いやー、なかなかブログ更新できませんでした(><)
なにしろ、元旦の朝5:30まで仕事してたくらいですから。師走は忙しかったです。

拍手の数が増えてるのにびっくり!ポチってくださった皆さん、ありがとうございます。前回の拍手話は単に猫写真の前フリのつもりだったのですが(^ ^; こんなに反響があるとは思いませんでした。嬉しい限りでございます⭐️

ところで、行ってきましたよ現場!仕事明けの元旦の午後。基礎できあがってるし✨

きれいな基礎であります。
ホントは配筋の状態で「かぶり厚*チェ~ック!!」とかやりたかったけど、忙しくて無理。

*かぶり厚とは?
コンクリートは最初はアルカリ性で、鉄筋もさびにくいのですが、徐々に表面から中性化し、さびやすくなっていきます。鉄筋の強度を維持するには、できるだけ中性化の影響を免れたほうがよいわけです。そのために、もっとも単純で効果的なのがコンクリート表面から鉄筋までの距離(これをかぶり厚といいます)を確保することです。もっとも、コンクリートの強度には水セメント比のほうが大きく影響するという意見もあります。

でも、グッディーさんなら大丈夫だろうと、お任せ状態。ホントは自分の目で確かめたいんだけどね。モノが出来上がるプロセスを見るの好きだし。(HP上で現場の進捗状況が確認できるのはとても助かります。)

その後は初詣のはしご。遊行寺と白旗神社。藤沢も結構な数のお寺さんや神社があります。
おみくじを引いて…

大吉でございました。しかも「転居 西方特によし」だそうな。新居は今住んでいるところから西なので、ドンピシャでございます。春から縁起がいいですな。

さて、和モダンの夢破れた私。これまでの在来工法に関する研究成果はどないすんじゃい?!と思いつつも、実は僕のほうでも木造軸組み・在来工法の家には飽き足らない所があったのです。それは

デザイン性と質感。

ほとんどの家がアルミサッシ・新建材の建具・サイディングで作られていて質感が低く(サイディングとサイディングの間のコーキングは見ているだけでげんなり)、デザイン的にも、片流れの屋根にウッドデッキかなんかついていて、なんつーの?湘南モダンっつーの?

ありきたりっつーの?(←こらっ!)

構造材としては国産無垢材にはひかれてはいたものの、「右にならえ」的なデザインになることには抵抗を覚えていました。
また、性能的にも、筋交いによる断熱欠損が気になるところではありました。今住んでいる賃貸の部屋が、ひっじょうーに寒い。できるだけあったかいおうちにしたいという強い思いがあったのです。

デザイン性+質感+断熱性能+バラの似合うおうち

これらの条件を同時に満たすものは…

「輸入住宅か…」

木造軸組み・在来工法で行こうと心に決めていたのと、輸入住宅は高いというイメージがあったことから、輸入住宅は検討の対象から完全に外れていました。
しかし、僕ももともとは海外インテリア大好き。「日本人なら、和風の家を建てんといかんばい!」という思いもあるものの、デザイン的には輸入住宅にひかれる部分も大いにありました。

そして、さまざまなビルダーの施工例をウェブ上でチェックしていた時に、非常に気になる輸入住宅の施工例があったのを思い出したのです。試しにヨメに見せてみました。

「…かわいいでしゅ。」

おおっ!ダメ出しの鬼、ヨメが珍しく高評価!
そしてそれこそが、グッディーさんの施工例8のお宅だったのであります。

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第7話|ビルダー探し〜自社大工による直接施工

「グッディーさんへの興味」


先日は現場にてドア位置の確認。清水さん・水谷さん・園田さんが来てくれました。

こちらがあいまいにしていたところまで細かく検討してくれます。
本当に、僕以上に真剣に家のことを考えてくれるんです。

僕がビルダーに求めていたのは、その他大勢の中の一軒としてではなく、かけがえのないこの一軒、固有性を持ったこの一軒として愛情を持って僕の家に接してくれることでした。

家にこだわりを持って作る人だったら、「そこそこの家でいいよ」なんて人はいないと思います。一生に一度の高い買い物です。僕なんか「僕の家こそが、グッディーさんの最高傑作になりますように!」なんて身勝手な願望をいだいてしまいますがw、でも、家を建てる人はなにかしら「自分の家が特別なものであってほしい」と思うのではないでしょうか。

しかし、どんな仕事でもそうでしょうが、しっかりとした信念を持っていないと惰性に流され、その「固有性への思い」といったものをないがしろにしてしまうこともあるのではないでしょうか。

グッディーさんは、その思いを真正面から受け止めてくれます。

設計事務所や社長と電話でやり取りをする際の清水さんの声の緊張感、表情、一つ一つの言葉から、素敵な家になるように全力を傾けてくれているのが分かります。確固たる信念を持って仕事に取り組んでいるのが、全身から伝わってくるのです。
(真剣さに圧倒されて、写真撮り忘れちゃいました💧)

グッディーさんを選んだのは、やはり正解だったと実感できた一日でした。

さて、ビルダー探しの話の続き。ヨメもグッディーさんの施工例には興味を持ってくれました。しかし、グッディーさんのHPを見ると、施工例以外にも色々と僕の興味をひくものがあります。

まず、社長さんが変www。
①ロン毛で、
②ラグランスリーブのTシャツを着て、
③ドリル持ってる。

普通、工務店ないしビルダーの社長っつったら、スーツ着て工法について語っちゃったりしてるのに、

楽しそうにドリル持ってる。

ドリルっすよ、ドリル?!これにグッときたね。スーツ着てふんぞり返ってる社長さんより、ドリル持ってる社長さんのほうが、どれほど信頼できることか。現場に対する愛着が感じられるではないですか。

HPによると、元大工だとか。オイラ、大手ハウスメーカーの営業なんかは信じないが、大工なら信じるね。(日本って学力ばかりが人物評価の基準になってしまっているけれど、専門的な技術を持つ職人さんへの社会的評価って、もっと高まってよいと思うのだが。ドイツのマイスター制度みたいに。)

それに、社長さんをはじめ、複数の職人さんが二見姓。これもポイント。どうやら職人一家のようだ。以前あげたビルダーへの条件を再録しよう。

①できる限りローコストで建築してくれる。
②しかし、家自体は高性能。(とくに断熱性・防音性・耐久性。)
③自然素材を使っている。
④下請けに丸投げしない、できれば自社大工による直接施工。
⑤デザインセンスが信頼できる。
⑥経営に不安がない。

家族で職人ぞろいであれば、④「下請けに丸投げしない、できれば自社大工による直接施工」という条件は満たされる。

それと、社長さんのファッションもいい。ファッションセンスがない人が、素敵な家建てられるとは思えないんよね。施工例も素敵だし、⑤「デザインセンスが信頼できる」の条件も満たされるんではないか?(ま、オイラがラグランTシャツ好きなだけかもしれんが。でも、感性が通じ合えるのは重要だと思う。)

現場進捗状況のブログにも興味を持った。こういうのって、オイラみたいな素人が見てもよく分かんないけど、玄人が見たら腕の良しあしなんて丸分かりじゃね?一見したところでは可愛らしいHPだけど、能書き垂れずにもくもくと現場の進捗状況を伝えていくっつーのは、職人の心意気を感じるね。

こりゃ、グッディーさんに突撃してみるしかないなと思ったのであった。

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第8話|不動産屋のアドバイス〜オープンハウスへのお誘い

「オープンハウス」


いやいやいやいや、上棟も迫り、忙しくってきましたよ。
照明もつめなくちゃいけないし(照明の話はまた今度)、トイレのクッションフロアも決めなばならぬし、あれ、脱衣所もクッションフロアだっけ?!じゃ、トイレに使おうと思っていたやつを脱衣所に…頭こんがらがりそう😵
特に今頭を悩ませているのが外壁の色。

スタッコラーストのサンプルです。実際に建ったときの印象は小さいサンプルでの印象よりも色が薄く見えるというし、悩みに悩んでおります。


そのサンプルを見ながら、水谷さんと打ち合わせをしていた時のこと。

オイラ「なかなか決めるの難しいっすね。」
水谷さん「でもその3色素敵ですよ。ブライトン(注:スタッコラーストを扱っている会社)の渡辺さんも、個人的にも好きな色だっておっしゃってましたよ。それに一番右の色なんか美味しそうですよ❤️」

…ん?!今「美味しそう」って言った?
「ヨーロッパ風のおうちに似合いますよね」とかじゃなくって「美味しそう」って言わなかったか?!

オイラ「…美味しそう…ですか?」

水谷さん「美味しそうですよう❤️だって、なんかムースみたいじゃないですか❤️」

そうか…ムースみたいなのか…。ごめん、水谷さん。

オイラ全く共感できなかったよ。想像力の貧困なオイラを許しておくれ。

そんな水谷さんだが、仕事となるととにかくレスポンスが早い。質問したことはすぐ返事が来て、しかも8聞いたら10になって返ってくる感じである。おかげで安心して家作りができております。

さて、ビルダー探しの続き。

グッディーさんのHP上の施工例に興味を持った我が家。おそるおそる電話で問い合わせてみた。(最初はなんでも怖いものよ。)

すると、オープンハウスを定期的にやっているという。しかも、お施主様が住んでいるお宅を見せてくれるというではないか。


ある不動産屋さんからのアドバイスで、有益だったと今でも思っているのは、

①土地を探すときには、同時にビルダー探しも並行して進めなさい、

っちゅーのと、

②お施主様が住んでいるお宅を見せてくれるビルダーは、優良なビルダーである可能性が高い、

っちゅーものであった。

①は、もし気にった土地が見つかっても、そこに本当に望むようなな家が建てられるかは分からない。ビルダーをあらかじめ決めておいて、気になる土地が見つかったらビルダーに見てもらうのがよい、というものである。

②は、家作りにはトラブルがつきもの。施主様の住んでいる家を見せてもらえるということは、建築後も施主様と良好な関係が築けているということ。それだけ満足度の高い家を建てている証拠である、というものであった。

こんな話を聞いていたので、ますますグッディーさんへの期待は高まった。
そうこうしているうちに、グッディーさんからオープンハウスへのお誘いが。

まずは施工例1、kekoさんのお宅である。
>【施行例】古き良きカントリースタイルの森の家

可愛いおうちもさることながら、kekoさんの話が面白い😄とてもパワフルで、案内してくれた水谷さんと、どっちがグッディ-さんの人間だか分からないくらいwww。あまり詳細を話してしまうとつまらないので、興味のある方は、ぜひkekoさん宅をお邪魔させてもらうことをオススメします。

そして、しばらくして施工例8のお宅にもお誘いが。
>【施行例】絵の中の小さな家

正直言うと、雑誌に載ってるブルースホームのお宅を拝見する限りでは、あまりブルースホームの外観の高級感には期待していなかった。

ごめんなさい。僕が間違っていました。

何この高級感?!塗り壁も素敵だし、輸入の無垢のドアってなんて趣があるの?!完全にノックアウトされました。

新建材を多用した家って、どうしても「おもちゃ」にしか見えなかったんだけど、これはまぎれもない「家」である。本物の「家」である。横浜税関資料展示室「ブランド品 本物・偽物どっちがどっち?」コーナーで100発90中の正答率を誇るこのオイラが言うんだから間違いない!
というか、オイラ北関東の田舎出身なのね。田舎ってみんな馬鹿にするけど、建ってる家は今風に言うとほとんどが「古民家」っちゅーやつ。どっしりとした屋根に土壁で重厚感があるのだ。
そういう家に慣れていると、新建材で建てた家って、ペラペラにしか見えない。家っていうよりも、ホントにおもちゃ。

でも、そんなオイラから見ても、これはれっきとした「家」だ。
それに、家を見せてくださった方々の自然な笑顔からも、グッディーさんに建ててもらった家に心から満足してる様子が伺える。

ほぼ気持ちは固まった。だが、ひとつ懸念があった。

それは、建材の問題であった。

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第9話|建材のこと

「建材のこと」


片瀬山のY様、国立のI様、新居の完成おめでとうございます❤️

素敵な新居が完成しましたね☺️
きっと新居での生活が待ち遠しいことでしょうね。
僕も早く新居での生活を楽しみたくもあり、まだ家づくりのプロセスを楽しみたくもあり、
複雑な気分です。
この試行錯誤の日々が終わってしまうのを考えると寂しさに襲われます😭

ていうか、

もう壁立ち上がってるし。

こ、こだわりのドーマーが形に!!ちょーうれしい!
ドーマーは譲れなかったんよ、ドーマーは。やっぱりつけて良かった。
この状態で見てるだけで可愛い!これが自分のおうちになるなんて素敵❤️

我が家ではドーマー以外にも、グッディーさんでは初の試みや、規格外の試みがいくつか盛り込まれております。グッディーホームズのスタッフのみなさんのご理解とご協力があって採用できたものばかりです。おいおいご紹介したいと思います。(職人のみなさんにも楽しんで作ってもらえると嬉しいです。)


さて、グッディーさんとの出会いの話に戻ります。(今回は長いよ。)

オープンハウスでハートをわしづかみにされたオイラ。
ほぼ心はグッディーさんに決まりつつあった。

それに、グッディーさんは以前挙げたビルダーへの条件をほぼ完全に満たしてくれることも分かってきた。ビルダーへの条件を、しつこいが再び掲載しよう。

①できる限りローコストで建築してくれる。
②しかし、家自体は高性能。(とくに断熱性・防音性・耐久性。)
③自然素材を使っている。
④下請けに丸投げしない、できれば自社大工による直接施工。
⑤デザインセンスが信頼できる。
⑥経営に不安がない。

すでに④⑤については確認済みだ。

①に関しては、ブルースホームのコストパフォーマンスの高さは知る人ぞ知るものである(安い!)。

⑥についても、ブルースホームにはジャパン建材という強力な後ろ盾がある。

日本の三大大手建材問屋と言ったら、

ジャパン建材・ナイス・ジューテックである。

その中でもジャパン建材は最大の事業規模を誇る企業である。
(工務店めぐりをしているときにも、他の工務店でジャパン建材のシールがついている木材をちょくちょく見かけたものだ。)

ジャパン建材がバックについていれば、これほど心強いものはない。

②に関しても、2×4工法で高性能グラスウールを採用しており、断熱性・耐震性などが非常に高いレベルで期待できる。(断熱材も発泡ウレタン系のものなどいろいろと検討してみたが、グラスウールの施工実績のほうが信頼できた。セルロースファイバーなんかはいいものだと思うが。)

③も、オールドプロヴァンスなら、床や建具は標準で無垢材であり、壁も塗り壁(ブルースエコウォール)やドライウォールが選択できる。

これだけの条件を満たしているビルダーはなかなか見つからない。

だがひとつだけ懸念があった。建材である。

家作りの勉強をするなかで国産材信奉者となっていたオイラには、輸入建材について抵抗感が生まれていた。

「輸入建材を使うなら、せめてダグラスファーぐらい使わにゃ。」

輸入住宅の世界には、ダグラスファー神話とでもいうべきものがある。本場アメリカで住宅建築に使われる樹種と言ったらダグラスファーであり、その耐久性たるやヒノキをもしのぐものである、といったものである。

グッディーさんではダグラス使えないのかなあ。清水さんに聞いてみよっと。清水さーん、ダグラスって使えない?

清水さん「ダグラスファーはお勧めしません。」

オイラ「いきなり全否定かよ。(心の声)」

よく話を聞いてみると、施工精度や、特にコスト面を考えると、あまりお勧めはできないとのことである。

そーなのだ。ブルースホームでは建材としてSPFが標準で使採用されているが、SPFのメリットは、加工のしやすさと何と言ってもお財布に優しいところだろう。(逆にダグラスファーは、頑丈だが捩れや割れが発生しやすく加工が困難でお値段も高い。)できるだけローコストを目指す我が家としては、コスト面でのメリットは大きい。

それに、東急ホームや三井ホームなんかの大手でもSPFだし、SPFの家ばかりがシロアリにやられたっていう具体的なデータもお目にかかったことはないんよね。

(国産材を扱う業者が必要以上に外材を悪者に仕立て上げてる感もあるのかなあ…。)

第三者的な立場の人からも話を伺いたいところである。が、その第三者というのが難しい。

まず、国産材しか扱わない業者は外材のことは悪くしか言わないだろうから×。かといってSPFしか扱わない業者もSPFのメリットしか言わないだろうから×。

そこで、外材は外材でもダグラスファーとSPFの両方を扱っている業者に話を聞いてみることにした。

それが誰かを話す前に、日本における輸入住宅の流れを概観しておきたい。
(注:今回はの話はオイラの記憶に残っているものを頼りに書くことになる。以前はネット上にソースがあったのだが、それが見当たらないのだ。ゆえに一部イニシャルトークになるところがあるのでご容赦いただきたい。また、事実と異なる記述があった場合もご勘弁を。)

日本における輸入住宅の変遷を語る際に、外せないのはなんといっても

今は亡きフロンヴィルである。

日本の輸入住宅には大まかに分けて3つの流れがあると考えられる。

①旧フロンヴィル
 →フロンヴィル千葉・名古屋のフロンヴィル2社・ノアデザインインク・参會堂等
  天草産業やつるおか工務店ももともとはフロンヴィルの下請けだったとか。

②エヴァーソン・マッコイ
 →木‐スタイル・リライアブルホームズ

③ノースウェスト
 →ドンナハウス

今は亡きエヴァーソン・マッコイやノースウェストも、もともとはフロンヴィルの支社だったらしい。東急ホームもかつてフロンヴィルの支店長だった人が中心になって立ち上げたものだとか。ということは、ほぼすべての流れは旧フロンヴィルに集約されることになる。
(三井ホームは財閥系、ブルースホームは建材商社からの派生なので別系統。)

その旧フロンヴィルの社長だった方(仮にX氏としておこう)が、安価で輸入住宅を提供しようと、地方の各工務店とパートナーシップを結びつつ立ち上げたのがY社である。そちらで、ダグラスファーとSPFを並行して扱っているのである。そこでX氏にSPFのメリットとデメリットを伺ってみることにした。おそらくX氏以上に日本の輸入住宅に精通している人もおるまい。

(実際には、当時はそこも候補のひとつであった。結構な設計費がかかってしまうらしく結局候補からは外れたが。)

オイラ「ダグラスとSPFだと、やっぱりダグラスのほうが断然いいんでしょうか?」

X氏「うーん、一概にそうともいいきれないですね。確かにダグラスは丈夫ですけど、堅いから施工も難しいし、ダグラス使って施工が雑な家よりは、SPFでしっかり作った家のほうがいいですよ。施工のほうがよほど重要です。どうしてもダグラスっていう人も中にはいるんで扱ってますが。それに今の家は湿気のことや通気のこともよく考えられてるから、めったなことじゃ腐らないですよ。」

オイラ「じゃあ、無理してダグラス使う必要もないいんでしょうか?」

X氏「僕ならダグラスに回す費用をインテリアにでも使いますね(笑)。」

そーか。そーなのか。

だったらSPFでええやん。

まあ、ダグラス使ってますよっていうのは、商品の差別化=高級感の演出っていう面も大きいのかもね。それに、施工が丁寧と言ったら、あくまでも素人目で見ての話ではあるが、グッディ-さんが一番丁寧であった。グッディーさんで決まり!である。

それに、オイラには木材保護の秘策があった。それについては次回。

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第10話|上棟〜細部へのこだわり

「ついに上棟」


昨日、ついに上棟を迎えました。

家作りをするまでは、上棟なんてほんの第一歩だと思っていたのですが、上棟までの道のりがこれほど中身の濃いものだとは。

ここまでこれたのもグッディーの皆様のおかげです。ありがとうございます。

グッディーさんでは、「上棟式」というものはやりません。あくまでも「上棟打ち合わせ」です。コンセントボックスの位置や、絵をかけたりするのに必要な下地(簡単にいえば木の角材)の位置といったことが主な内容となります。

普通上棟式といったら、赤飯用意して、お酒をふるまって、職人さんに心づけを渡してみたいなものを想像するけど、そんなものは一切なし。

その分、家のほうにお金をつかってください

との心遣いらしい。く~、粋だね、いなせだね。

てことで、コンセント位置の確認。こんなのがついておりやす。

コンセントの周りに、薄いプラスチックのボックスがついてるの分かります?

これは気密コンセントボックスカバー。

寒い時期に冷気が室内に流入するのを防ぐだけでなく、コンセントボックスの隙間から湿気を壁体内に入れないようにする働きをします。たとえ小さなものであっても気密欠損があると、それが壁内に水蒸気を供給する事になってしまい、結果として壁内結露を起こす可能性があるのでその危険を回避するために設置されるものです。

こんな、できあがってからは見えなくなってしまう些細なところにまで神経が行き届いています。ありがたいことです。

しかし、窓は付いたものの、断熱材も入ってない中での打ち合わせは寒い!こんな寒い中で作業していただいているのだから、職人さんには感謝しなければなりませぬ。スタッフの園田さんも鼻水をすすっております。

園田さん「う~鼻水出ちゃいました。ぐずぐず。」
社長「鼻かめよ。ほら。(ティッシュを渡す。)」
園田さん「う~すいません。ちーん。Hさん、ブログにこんなこと書かないでくださいね。」

園田さんは、その後もケータイ電話の使い方が分からず「う~こんなことブログに書いちゃだめですよ。」社長にいじられては「いつもいじられるんです~。あっ、ブログには書かないでください~。」

園田さん、悪いが書いてもらいたがってるようにしか聞こえないぜ。ていうか書いちまったぜ。これでええんか、ええのんか。おらおらおら。


…スイマセン。自分を見失ってしまったことをお許しください。園田さんには電気関係でお世話になっています。いつもお財布に優しいご提案をしてくれるので助かっています❤️

木材保護のお話はまた今度。

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第11話|木材保護について

「防蟻処理」


唐突だが、オイラはブランド物というものにほとんど興味がない。仕立てが良かったりすると、「ああ、やっぱりいいな」と思ったりはするけど、高くていいのは当然じゃん、とも思ってしまうのだ。それよりは、古着を工夫しておしゃれに着こなしていたりする人のほうが素敵だなと思う。
オイラも普段はヤフオクなんかで安く買った服ばかり着ているが(まあ、単品で一万以上する服なんかここ最近着たことないね←何威張ってんだか)、コーディネイト次第では結構高級✨に見えたりする。

工務店めぐりをしていた時のこと。神奈川県内にも先日ご紹介したフロンヴィルの下請けをしていた工務店があり、そこの社長さんとお会いした。電話でお伺いしたところ、ローコストにも対応しているとのこと。(ちなみにフロンヴィルはもともと超高級物件ばかりを扱っていた会社です。)

海外のインテリアの本などを見せて、どんな家を建てたいか希望を伝えたところ、こちらはローコストでと伝えていたのだが、

「ローコストじゃつまんない家しか建たないよ。この本にのってるみたいな家そのまま建てようよ。坪80万はするけど大丈夫だよ。あんた金持ってる顔してるよ。坪80万の顔だよ。

と言われ、ほうほうの体で逃げ帰ってきた。こちとら確かに気位だけは高いが給料は安いのだ。まあ、安いの着てても工夫次第でそこそこの小奇麗に見える証だと考えております。

家についてもおんなじことが言えるのではないか。ローコストでも、工夫次第で高級物件に負けないものができるんではないか、いやむしろ、ローコストだからこその特徴を生かして、下手な高級物件をしのぐことさえできるんではないかと考えているのであります。

先日、木材保護の秘策があると書きましたが、今日はそれのご紹介。

それはホウ酸塩防蟻剤であります。

現在一般的に使用されている農薬系の防蟻剤と比べて、ホウ酸塩防蟻剤には次のようなメリットがあります。

高い安全性
 ホウ素は、人間などの哺乳動物が必要以上に摂取しても、腎臓の浄化作用で短期間に排せつされます。ほ乳類にとっての急性毒性は食塩と同程度です。(一方で、腎臓を持たないあらゆる下等生物の場合には、過剰摂取することで細胞レベルでエネルギー代謝できなくなって死んでしまいます。)農薬系の防蟻剤がシックハウス症候群の一因である可能性も指摘されていますが、ホウ酸塩の場合はその可能性はほぼゼロと考えていいでしょう。。

効果が持続
 農薬系の防蟻剤が5年程度で効果がなくなってしまうのに対し、ホウ酸塩の場合、揮発や分解によって失われてしまうことがないので半永久的に効果が持続します。

耐腐朽性
 ホウ酸塩は木材腐朽菌からも木材を保護してくれます。木材が腐りにくくなります。

欧米でのスタンダード
 シロアリによる被害が深刻化していたハワイでは 1992年からホウ酸塩防蟻処理が始まり、現在ではシェアのほぼ100%を占め、シロアリ問題は解決しているとか。

また、今怖いのはアメリカカンザイシロアリであるが、ホウ酸塩はカンザイシロアリにも有効であるという。カンザイシロアリは軒などからも侵入してくるのであるが、ホウ酸塩は人体にはほぼ無害であるため、家全体を防蟻処理できる。(通常は基礎から1m程度。)

そして、ホウ酸塩は浸透性も高いのだが、特にSPFなどのやわらかい樹種のほうがダグラスなどの堅い樹種と比べてより木材内部に浸透し、防蟻効果が高まるのではないかと(勝手に)考えている。

SPFの特徴が逆にメリットとなるわけである。

まだ一般的にはマイナーなため、導入の際は検討に検討を重ねたのですが、どうにもデメリットが見当たらない。

やはり導入しようということで、タイミング的にはぎりぎりだったのですが、グッディーさんにお願いしてなんとか採用することができました。
あまりにも規格外な試みのため、グッディーさんも最初は「難しいかもしれません」とのことだったのですが、こちらの希望をかなえるためにご尽力くださいました。特に水谷さんにはお世話になりました。ありがとうございます。

グッディーさんは、できないことは「できません」ときっぱり言いますが、施主が本当に望んでおり、それが結果的に家のためにもよいことだと分かると、全力で取り組んでくれます。

導入の検討の際にはNPO法人ホウ素系木材保存剤普及協会理事長の荒川民雄先生にもご相談させていただきました。
荒川先生は、先日ノーベル賞を受賞された根岸栄一先生と東大工学部では同じ研究室で、帝人でも一緒だったとか。そう聞くと、なんだか手の届かない人のように聞こえますが、こちらの質問にも大変きさくにお答えくださいました。

こちらが施工の様子↓

約30坪の建物すべてを処理するのに20万ほどの追加となりましたが、ふつうは5年後に再処理の費用がかかることを考えると安いもんではないかと考えています。(なにしろホウ酸塩の効果は半永久的です。)

防蟻処理会社の社長さん自らお越しくださいました↓

日程的に厳しいところを調整いただきありがとうございました。(おかげで安心して住むことができます。)

ふー、これでようやく構造的な部分は話し終わった。そろそろインテリアとかの話も入れよっと。

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第12話|土地探しと清水さん

「土地探しと清水さんのこと」


先日も現場へ行ってきました。ドアがついてました。

FYPONのモールディングもついてますな。幅が広いモールディングでいい感じ♪(モールディングの選択の際は近藤さんにお世話になりました。)

ウチが選んだドアはこちら↓

Simpsonのサンタフェっちゅーやつ。最初はガラスがクリアガラスってことで中が丸見えになるのを心配していたんだけど、実物は少し曇りガラスっぽくなっていて、あまり中は見えない。よかったよかった。(ちなみに、標準のドアからの差額は0円😳)シリンダーにはメディコ防犯シリンダーを採用。こいつ、ホワイトハウスでも採用されているとかいう優れもの。


さてさて、清水さんが片瀬山のY様の土地探しについて書かれていたので、オイラも土地の話を。

ウチも清水さんには土地の売買の際には、間接的ではあるがお世話になったのだ。
そもそもグッディーさんに家作りを頼もうと思ったのは、その施工例の素晴らしさもさることながら、清水さんの存在が大きい。


ほかのビルダーを回っているとき、「ダグラスファーですか?できますよー」とか、「造作キッチンですか?できますよー」と安請け合いするビルダーも多かった。でも、なんか安請け合いするところって、契約優先の姿勢が見え隠れして不安になったものだ。

それに対し、清水さんの場合、それぞれの要望に対してコスト面についても考慮した上で、オススメできないことは「オススメできない」とハッキリと言ってくれて、コスト面も含めて総合的に満足度の高い家を提供しようという信念のようなものが感じられたのである。

ときには説明なしで建築の専門用語が出てくるから話がよー分からんこともあったが(失礼!)、家作りに対して誠実に取り組んでいるのが伝わってきて、「ああ、こんな人がいるなら、ここと契約しても大丈夫だな」と思ったのだ。(その判断は、これまでのところ間違っていなかったように思う。)

それと、オイラにとって大きかったのはタフそうだったことだwww。オイラわがままだし、性格的にはかなりしつこい。オイラのしつこい話を聞いても辛抱できるだけのしぶとさがないと、家作りのタッグを組むことはできないと思っていたのだが、「この人なら面倒くさがらずに一緒に真剣に取り組んでもらえる」と思ったのだ。(実際、随分とわがままに付き合ってもらいました。ありがとうございました。)


んで、土地探し。グッディーさんにお願いすると心は決まったが、土地がないと始まらない。土地を探さねば!

ウチは以前にもちと書いたが、車がない。よってカーポートなんぞは要らない。車は入らなくてもいいから、その分安くて、ヨメがガーデニングできる広い土地が欲しい。

最初お願いしていた不動産屋ではなかなかいい物件が出てこなかったんだけど、職場の先輩から紹介された不動産屋さんで結構あっさりと要望通りの物件が出てきた。ただ、その土地で本当に希望する物件が建てられるとは限らない。グッディーさんに相談すると、早速社長さんが現場へと急行してくれた。

その土地までは階段を登っていくしかないので、結構な小運搬費がかかるのは覚悟はしていた。

出てきた小運搬費を見ると脊髄液が逆流しそうな金額。

わお。しかし、重機を搬入するにもクレーンを使わないといけないらしいし、これはオイラがこんな土地を選んだから生じてしまう金額である。具体的が金額が出ているので、これをもとに不動産屋さんを通じて地主さんと価格交渉をすることにした。(先にビルダーを決定しておくと、こういうところで助かる。)

その際に、清水さんが交渉のためのアドバイスをこと細かにしてくださった。その通り実行して、なんとか小運搬費分減額。やったよ、オイラこんなに下げてもらったよ!清水さんほめてくれるかなと思いつつ清水さんに報告。

清水さん「まだ高いですね。」

こんなに頑張ったのに、まだほめてくれないの?!あなた鬼だわ、鬼コーチだわ!!と岡ひろみモード。おそらく、普段土地についての金額交渉をしていて、「私ならもっと下げられる」という自負があるのだろう。でも、あたしもう無理!とその金額で契約。蓋を開けてみたら、固定資産税評価額より低かったwww。(普通、実際に取引される金額は固定資産税評価額の2~3割増しだという。)きっと清水さんと交渉する地主さんは大変なことでしょうwww。(この件も大変お世話になりました。ありがとうございました。)

しかし、工事を始められるように土地を整備する第1期外構工事の金額もかなりのもの。ちょっとちょっとー。小運搬費はこんな土地を選んだオイラのせいだとしても、外構工事費は高すぎるんじゃないのー。本体価格は安くして、こういうところでボってるんじゃないのー。

清水さん「んー、不動産屋さんと付き合いがある業者で、手が空いている業者さんがいたら、安くしてもらえるかもしれません。不動産屋さんと交渉してみてはどうでしょうか。」

へ?!ここで利益を上げようとしているのではないのか?ほかに頼んでもいいのか?ためしに不動産屋さんのほうでつき合いのある外構業者3~4社に見積もりを出してもらうことにした。すると不動産屋さんから、「あの内容であの金額は相当頑張っているようで、どこもウチでは無理だと言ってました」との報告。

うむ、かなり良心的な金額だったらしい。

しかも、行政の指導が入らないように細かな配慮もなされていたことも分かった。グッディーさん、疑ってごめんよ。(つーか、ガーデニング用に広い土地にしたから外構の費用も多めにかかってしまうらしい。うがががが。)

最近は清水さんと会う機会も少なくなってしまってオイラも寂しい。けど、この家は清水さんがいたから建った家なのは間違いない。土地が安くならなかったら、その分家にお金かけられなかったし、間取りだって一緒に考えたし。だから家が建ったらいつだって遊びに来てほしいのだ。ケーキ作って待ってるかんね。

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第13話|輸入照明について

「輸入照明」


透湿防水シートと庇(ひさし)がつきました❤️

この庇も、大きさから形に至るまで、要望を取り入れてもらいました。いい感じに仕上がるといいなっと。
ところで、以前から窓の下に黒い布がついてるの分かります?

これは一般的には「捨てフェルト」と呼ばれ、雨仕舞いをより強固なものにするためのものです。最初は捨てフェルトだけ垂らしておき、その後で透湿防水シートを「下から」差し込みます。そうすることで水が内部に侵入しないような流れを作り出すことができます。

この「下から」差し込むのがポイントで、捨てフェルトを施工しても、その上から透湿防水シートを貼ってしまうと、水が捨てフェルトから透湿防水シートの内側に侵入してしまい、せっかくの捨てフェルトも意味をなさなくなってしまうそうです。

しかし、やはり見えなくなってしまうようなところまでしっかり作られていますな。でも、声高には宣伝しないんだよね。「男は黙って捨てフェルト」っつーことっすかね。

さて、しかしながら本日の本題はそこではないのだ。本日は照明についての話なのだ。

間取りについて打ち合わせしていた時のこと、清水さんが「照明はどうしますか?」と聞いてきた。国産の照明で可愛いのを見つけるつもりでいたのだが、清水さんによれば「輸入もできますよ」とのこと。でも高いんじゃないの?って聞いたら「先日扱ったものだとアメリカで定価が500ドルくらいのものが6万円ぐらいだったでしょうか」だって。

なぜそれを早く言わない。

もちろんアメリカに行けばもっと安く手に入るだろう。(グアム空港の近くにホームデポがあるらしい。行ってみたい。)しかし、関税とか輸送費のことを考えると、現地の定価プラスαくらいで手に入るのだったら安いもんではないか。

ためしにいくつか見積もりを出してみた。清水さんからは、これまでkichler, progress, design houseについては取り扱い実績があると聞いていたが、あえてこれまで扱っていない会社のものも見積もりに出してみた。

その中の一つがこれ↓

artcraft社の屋外ブラケットである。いくらだと思いますか?

なんとこいつ9,800円である!!いいっすか、もう一度言いますよ。9,800円ですよ。きゅーまんはっせんえんじゃないですよ、きゅーせんはっぴゃくえんなんですよ!どうですか奥さん!!

はあはあはあ、興奮のあまり家の周りを走って3周してしまいました(嘘❤️)。だって国内だと、似たよーなので7万円くらいで売ってるとこあったぜ?こいつに関しては、即採用決定!

こりゃ、もっと調べてみる価値があるわい、っつーことでアメリカのサイトを検索してみると、

もうそこは照明パラダイス。

めくるめく照明の世界が広がっていたんであります。いやん、素敵なのがありすぎてあたし選べない。半年くらい照明のことだけ考えてもまだ足りないくらいだわ。でも、あんまり見積もり出しても、ご迷惑だろうし。

園田さん「そんなことないですよ、気になっている物は全部出していただいて大丈夫ですよ❤️」

えっ、…でもとんでもない数になりやすぜ。

園田さん「こちらも勉強になりますから、遠慮なさらないでください。」

うむ、ではお言葉に甘えてしまおう。

ということで、結構とんでもない数の見積もりを出してしまいました。清水さんによれば、「ブルース本部での全国大会でも、建材部の方が『本当に藤沢市のHさんは建材部泣かせ!』って言ってましたよ(笑)」とのことである。まあ、窓の大きさも規格外だしな。(常識はずれな数の見積もりで園田さんも大変だったと思います。本当にありがとうございました。)

しかも、メジャーなところばかりではつまらないと、かなりマイナーなところも見積もりに出した。jeremiah, murrey feiss, kenroy home, triarch, golden, maxim,vaxcel,world imports,capital, designers fountainなどなど。ブルースホームで扱えるのがどこまでなのか、お手並み拝見したいという、いささか挑戦的なところもあった。

さすがに扱えないものも出てくるんだろうなと思っていたのだが、ブルースホーム建材部の実力を侮っていた。

何と全部扱えるらしい。すべて見積もりが出てきたのである。

おみそれいたしやした。

その中から、我が家では採用しなかったものを一部ご紹介しよう。(埋もれてしまうのももったいないんで。)

まずは屋内ブラケット。

¥29,736
¥19,880
¥22,680

シャンデリア

¥49,896
¥71,792
¥53,872

フォワイエ(玄関の大広間用のライト。こういうのが日本ではなかなか見つかんない。まあ、うちに大広間はないがwww)

¥29,736
¥55,160
¥37,744

やっぱり国産の照明とはどこか趣が違うんよね。つーことで、グッディーさんにお願いすれば、ほとんどの照明が輸入できることが判明しました。輸入照明に興味のある人は、早めに研究しておくことをお勧めします。

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第14話(最終話)|竣工

「竣工しました」


みなさま、お久しぶりでございます!
3月11日の震災以来、ブログの更新を自粛しておりました。
この度の大震災で被害を受けたみなさまには、謹んでお見舞いを申し上げます。
あれだけの震災の後、こんなブログを続けるのも憚られたんですよね。
そろそろ再開しようかと思います。

しかし…、なんと引っ越してからすでに2カ月の時が流れてしまいました。
住んでみての感想はというと、

🌟新居サイコー🌟

の一言に尽きます。

新居は、職場から歩いて30分の距離なんですが、30分も歩くなんてムリムリ、バス使うバス。なんて最初は言っていたんですが、ためしに歩いてみると、この家が待っていると思うと帰りの道のりも軽い軽い。歩くのも楽しいくらいです。

家の造りもしっかりしていて、今のところ雨漏り等一切ありません。
何しろ、あの大震災でもドライウォールにクラックの一つも入らなかったんですから、
どれだけ頑丈だっつー話ですよ。

何より満足度が高いのは、打ち合わせを綿密に重ねただけあって、細部に至るまでデザインが自分好みなところ!家にいて部屋を眺めているだけで楽しいんです。

このように楽しく過ごせているのも、グッディーの皆様のおかげです。
スタッフの皆様の家作りに対する情熱、職人の皆様の高い技術があってこそだと思います。

ある日の打ち合わせのこと、清水さんが「満足度120%の家にするつもりですから」とおっしゃるのを聞いたとき、正直「家作りなんて妥協の連続なんだし、それは難しいんじゃないの?」なんて思っていたんですが、いざ家が出来上がってみると、期待以上の仕上がり。

満足度120%どころか、150%、いや200%です✨

こんなに素敵な家にしていただき、この場を借りて心からお礼を申し上げたいと思います。
今後も大事に住み続けていきたいと思います。

施工例|ベルギーに憧れて/バラが似合う家

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